2007年06月12日

映画「君が代不起立」上映会+シンポジウムのご案内

68.jpg (「停職・出勤」中の根津公子先生→「根津公子さんのページ」クリック)

◆◆◆映画「君が代不起立」上映会+シンポジウムのご案内◆◆◆
 

★★
四ツ谷聖イグナチオ教会上映会

日時:6月13日(水)18:45−20:30
場所:カトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)信徒会館203B室
(JR・東京メトロ四ツ谷駅下車すぐ、上智大学手前)
参加費:無料 

●東京都では「君が代」斉唱時に立たなかっただけで重い処分が課せられます。不起立の教職員たちの不当な「強制」に静かに立ち向かう勇気ある不屈の姿勢を撮ったものです。
6月27日(水)には、重い処分を受けている根津先生に来ていただきお話を伺います。

★★ 上智大学社会正義研究所・連続企画『自由は危ないのか』 

 第一回:ドキュメンタリー映画『君が代不起立』上映会

With English Subtitles

日時:2007627(水曜日)17001930
場所:上智大学(四谷キャンパス・中央図書館9L921号室)
参加無料・事前登録不要
上映時間87分&河原井純子さん(東京都教員・停職処分中)たちとの質疑応答

2003
年に東京都教育委員会が卒業式や入学式での日の丸掲揚・君が代斉唱の「厳格実施」を通達して以来、のべ340人を超える教員が職務命令違反を理由に懲戒処分を受けている。20069月には東京地裁が「強制は違憲」とする判決を下したにもかかわらず、東京都教委は20073月に新たに35人に処分を行った。都教委の処分は累積性を持つことから、現況では20083月についに免職処分(解雇)となる教師が現れることが危惧される事態となっている。

2006
12月にビデオプレス社が公開した『君が代不起立』は懲戒処分に直面している不起立の教職員たちの考え、教育への想いと行動、そして彼らの教え子たちの姿を追ったドキュメンタリー映画であり、これまで各地市民団体、ICU、外国人記者クラブなどにおいて上映会を積み重ねている。

 第2回:シンポジウム

日時:20071011(木曜日)17001930
場所:中央図書館9L921号室
参加無料・事前登録不要・使用言語日本語

「憲法と自由」 高見勝利・上智大学法科大学院教授
「信教の自由と政教分離」 谷大二・さいたま教区司教
「反自由の政治」 中野晃一・上智大学国際教養学部准教授

思想良心の自由、表現の自由に限らず、信教の自由なども含めて今日自由をめぐる問題は実に多岐にわたっている。戦後憲法の中で曲がりなりにも保障されてきた個人の自由がかつてないほどに脅威にさらされていると危惧する声が上がる一方で、逆に「戦後民主主義」の行き過ぎた自由が国家の存続基盤そのものを危うくしているという論調も強くなってきている。

ドキュメンタリー映画『君が代不起立』上映会での問題提起を受けて、自由の現在と将来についての学術的論考と討論を更に進めることが本企画の趣旨である。
 折しも、憲法改定を掲げる与党による国民投票法が制定され、この法律が教員・公務員の「地位利用」を禁止した規定を含むことによって、同様に政権与党の意に沿わない見解を表明した教員は懲戒処分の対象となる可能性も出てきている。私立大学で教育に携わる私たちにとっても他人事ではありえないこの問題を通じて、思想良心の自由について、本学教職員・学生らと議論し考えることが本企画の趣旨である。
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2007年06月11日

G8その後。ちじこまって武器を振り回すのでなく、おおらかに世界に心を開きたい!

0,1886,5315821,00.jpg0,1886,5315820,00.jpg0,1886,5315832,00.jpg0,1886,5315825,00.jpg0,1886,5315823,00.jpg (ケルンのプロテスタント信徒大会より)
★ 
G8サミットが終わるとすぐ、メルケル首相は、ケルンで開催中のプロテスタント信徒大会を訪問したそうです。もちろん政治家ですから、たくさんの人が集まり注目されるところに現れようという意向もあるでしょうが、牧師の娘であり元環境相でもある彼女の場合、それよりも同じキリスト教徒として、仲間に向かって「環境やグローバル化について、これだけのことを大国の指導者たちに言ってやったわよ!まだまだやらねばならぬことはたくさんあるけれど、ともかく国連などと協働していくための『始めの一歩』は踏み出したわよ!」と報告するニュアンスが強いと思います。日本で、安倍首相が洞爺サミットの後、神道の氏子大会に行って話したことがこんなふうにテレビで放映されたら問題でしょうが、ドイツにおいては、キリスト教はやはり汚濁を含みやすい政治に対して、倫理の支柱となるものという信頼を受けているから、公共放送でもこれほどおおっぴらにくわしく報道されるのでしょう。ノーベル平和賞のムハマド・ユヌス氏もゲスト・スピーカーとして首相とトーク。G8諸国の路線にはもちろん反対で、「いいかげんこの21世紀は、金儲け中心の間違った道から転換しなくてはならない。武器や戦争にではなく、平和の実現、貧困克服、環境のために投資せねばならない」と語っています。ケェーラー大統領も、キリスト教会の要望を受けて、「アフリカの援助問題については、まず同じ人間として平等の権利をもつパートナーとして向かい合わねばならぬ」と語っていました。いずれにせよ、キリスト教徒の政治指導者をもち、真理と義にかなった言葉が、これほど隠されることなく話される現代ドイツの健全さは、我彼ひきくらべてうらやましいかぎりです。↓
プロテスタント大会にて、ドイツ首相+大統領vsノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス
(ページの中ほど、メルケル首相の写真がある欄のvideo:"Merkel und Koeller in globaler Mission"をクリック)
ちなみに、「生き生きと力強く鋭く」というスローガンは、新約聖書『ヘブライ人への手紙』4・12「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほど刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです」からとられたものです。
★ G8サミットを終えたブッシュ大統領は、バティカンを訪問しました。イタリア全国から抗議デモのために1万人も人々がローマにやってきたそうです。教皇とブッシュ氏との会談は、人権、世界の平和、宗教の自由を守ることは、カトリック教会とアメリカの共通の課題であるというところから始まったようです。前教皇ヨハネ・パウロ2世は、アメリカのイラク攻撃を厳しく批判しましたが、現教皇もイラク問題については率直に語られたようで、当地における平和、正義、人間性の尊重についても討議されたもようです。キューバのカストロ首相は、この会談について、教皇はブッシュに利用されるだけだし、「限度を踏み越えている」と批判したそうですが…。
ZDF・heute(ページの右上をクリック。6/9分のビデオ)
 世界では、人権や自由が重大問題として語り合われているというのに、こちら石原都政の東京都教育委員会は、「君が代起立の強制は憲法違反である」とした9・21東京地裁判決を無視して処分を続けるという情けない状況です。↓湯本雅典さんの映像です。たしかにわたしたちがした署名というものが、いったいどういうふうに聞き入れられ、具体的に反映されていくのか、おおいに疑問があります。そして、映像の中で弁護士さんが指摘しておられるように、人権に関するこの問題は、今の教育にとってやはり中心的な問題だと思います。
都教委は控訴するな!署名提出・要請行動(湯本雅典・ビデオプレス・YouTube配信)
根津公子停職出勤日記07・6月
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2007年06月10日

G8サミットとドイツの報道の姿勢

0,6752,5976230-render-U3-,00.jpg0,6752,5973404-render-A6-,00.jpg (ドイツZDFより)
 G8サミットについて、二酸化炭素の削減のことや北朝鮮問題ばかり報じている日本のマスコミと、ドイツ本国やバティカンの報道は、かなりアクセントが異なっているなと感じます。議長国ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、「わたしたちは重要な討議を実り多く重ねましたが、そのメッセージは、『責任を自覚し、その義務を果たす』ということです」と総括しました。メルケルさんは、東ドイツで働いていた牧師の娘であり、物理学から政治に転じた方であるだけに、論理と良心において信頼の置ける方だと思います。教皇ベネディクト16世との約束もこの点で誠実に実現を求めてくれたと思います。
 バティカン放送はこれに対して、G8サミットは「一つの積極的なしるしを据えた」と語っています。特にそれは、「アフリカの成長への責任のために、G8諸国政府がパートナーとして、エイズ、マラリア、結核などの医療のために440億ユーロを拠出することを決めたという点が評価できる」とされていました。バティカンのスポークスマン、フェデリコ・ロンバルディ神父は、G8サミットを次のように総括しました。「G8サミットは、一つの積極的なしるしを据えた。それは、環境の悪化を防ぐということだけでなく、アメリカとロシアの関係、開発途上国の飢餓にも手が差し伸べられるという点においてである。最後の点について、カトリック教会は、『正義と連帯と世界全体にかかわる共同の善に則りながら、人間的な発展が成果をみるように、持続的で環境にも配慮した経済が展開されるように』と呼びかけたい。教皇ベネディクト16世は、昨年暮れ以来、メルケルドイツ首相との書簡交換において、G8サミットにおいては、貧困・病気・世界市場における正義を、またアフリカの緊急な必要を想起するようにと訴えてきた。サミットをひかえたこの数日間は、さらに、すべての人々の教育のための援助がなされるようにとアッピールなされた。『発展』とは、決して物質的な富裕さに尽きるものではない。それは、人が文化的・倫理的・社会的に育成されることを通して得られる人間としての成熟、すなわち、自分たちの将来を互いに手に手をとりあって形成していく責任を引き受けるための能力に基づくものであろう。そうであることによってのみ、発展は人間の尊厳にふさわしいものとなるし、また新たな文化殖民地主義や経済・政治的な帝国主義と無縁でありうる。カトリック教会は、その面で経験があり、諸国の政府や機関がこの点になす働きに対しては共同の協力を惜しまない」…とのこと。
 ドイツの第二公共放送《ZDF》は、アフリカへの援助決定についてや、強者のグローバル化に反対する人々のようすや無事に警備を終えた警察のようすなどを伝えています。ドイツの警察というのは、制服も草色だし、なにかとスポークスマンがコメントするし、日本のかたくるしい四角四面の警察のようなものとは違うものであろうとしていることは明らかですね。この点も、戦前の歴史=ナチ・ファシズムをいかに精算してきたかの違いでしょうか…。Videoの部分およびMediathekをクリックするといろいろ映像がでてきます。右側のMediathek、上から二つ目"Gegen G8:Gewalt und Gespraeche"が興味深かったです。↓
ZDFG8サミット特集》
 同じ放送局は、日本の従軍慰安婦問題も安倍首相との関連を含めて、正しく報じています。↓
ZDF『外国ジャーナル』(5/31放映)『慰安』婦たちの『悲嘆』−従軍慰安婦をめぐる争い(頁の右にある:Video Trauer der Trostfrauen(「慰安」婦たちの「悲嘆」)をクリックすればビデオが見ることができます)→テキストの邦訳は以下に↓
『慰安』婦たちの『悲嘆』−従軍慰安婦をめぐる争い
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2007年06月07日

G8サミットへのキリスト教のアッピール

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(ケルンで開催されたドイツ・プロテスタント信徒総会−Kirchentag)
教皇ベネディクト16世は、水曜日の一般謁見で、サン・ピエトロ広場に集まった3万人の人々の前で、G8サミットに対して、「富める国々が困窮している国々、とりわけアフリカを助けるように」とアッピールしました。教皇は、昨年12月に、ドイツのアンゲラ・メルケル首相に宛てた書簡で、「ドイツが、アフリカなどの国々における貧困について真剣にとりくむと約束されたことをカトリック教会の名において感謝する」と述べられたそうですが、それに対する22日付けのメルケル首相からの返信には、「G8諸国はその問題を実行するよう努力する」と書かれてあったそうです。教皇は、またG8サミット首脳に向けて、「カトリックも協力を惜しまない教育こそが、これからの世界の持続的な発展の基礎である」とし、「世界のどこでもすべての人が、少なくとも小学校程度の学校教育を受けられるようにすること。そのために醵金を惜しまないでいただきたい」とうったえられたそうです。また、サン・ピエトロ広場では、カトリックの国際的な社会福祉団体である『カリタス』が、25人の司教と50人の修道者とともに、G8サミットに対して"Make aid work - the world can't wait” (「援助の仕事を始めよ、世界は待てない」)とデモンストレーションしたそうです。「貧困というスキャンダルは、もう終わらなければならない。これについて、G8サミットが具体的なプランを示さないなら、カトリック教会は、このサン・ピエトロから同じことを呼びかけ続ける」と。
ARD (Tagesschau 6/6)
 
また、G8サミットと時を同じくして、ドイツのプロテスタント教会の信徒総会もケルンで開かれていますが、そこでも貧困に対するアッピールがなされています。テーマは、「生き生きと力強くもっとシャープに(鋭く)」ですが、これには、G8サミットとの関連から「公正な世界経済・アフリカ・環境保全・中東の紛争」が焼きつけられるとしています。
★ 日本では、6月15日(金)に、都内で大規模な改憲反対のためのデモと集会が開かれるそうです。靖国問題・政教分離問題についての声明と併せて…↓ 
9条改憲を許さない 6・15共同行動/政府(旧厚生省)の政教分離違反と安倍政権による隠蔽、政教分離原則破壊の改憲策動への抗議声明

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2007年06月05日

真の「美しい国」への道すじはここに。

? 063.jpg (長崎・浦上天主堂:「被爆のマリア」
以前にも紹介しました、
野村昇平著、『国の理想と憲法「国際環境平和国家」への道』を読みました。とても感動し、希望がわいて元気が出ました。「美しい国」とは、まさに安倍政権とは全く反対の方向のこの本のヴィジョンだと本当に思います。そしてこの本には、わたしたちが安倍政権をはじめとするこれまでの日本の政治に反対する理由とこれを克服する対案が、優しい言葉で具体的にみごとに描き出されていると思いました。そのヴィジョンとは、つづめて言えば、わたしたちの国が平和憲法の前文と第9条の真意を生かして「武力によらない平和立国」を目指し、国の総力をあげて平和的な手段で世界の貧困や飢餓などの問題の解決のために貢献し、世界にとってなくてはならない大切な国となることだということです。地球規模の環境問題、食糧問題、エネルギー問題、原発問題、紛争・戦争・テロ、教育や若者たちの状況など、世界と日本の行く末に覆いかぶさる黒雲は、結局、世界の強い国々が欲と我執に基づく「力の論理」に頼ってきたことによるのであり、そこで問題はみな密接につながり合い、もつれあっていることが手にとるように分かりました。驚いたのは、ある研究によれば、各国民が感じている幸福度(健康・豊かさ・教育による)は、178カ国中、第1位はデンマーク、第2位スイス、第3位オーストラリア、アメリカは第23位、中国第82位、日本は第90位だとのことです。そうですね…、これが実感ですね。やっぱり金だけでは幸せにはなれない、金で買える楽しみとほんとうの喜びは違うんですよね。戦後、こんなにがんばって努力してきたのに…、いったい何のためだったのか…。やはり、日本国民は、戦後も戦前と同様にずっとマインド・コントロールされてきたんじゃないでしょうか、この道を行けば、シアワセなんだと。それを信じて、狭いところで絶えず厳しい競争を強いられガマンしてきましたが、結局、得たものは何だったのか? 喜びというのは、他者に勝つことではなく、他者と助け合って心が一つになるところにこそあるのですよね。…それでも、わたしたちにはまだ、戦後の原点である平和憲法がある。この憲法は、スイスやオーストリア、コスタリカなどの永世中立国の憲法よりももっとラディカルな、まさに人類が生き残るためにはこれしかないという将来を先取りしている「革命」的な国づくりの方向性です。わたしたちは、これをこれまで本気で生かしてこなかった。けれども今、もう一度、この原点を、今度こそ「捨て身で」生かそうとするならば、そこには本当の喜びがにじんできて、人々が悩み惑っている自殺やニートや引きこもり問題もみんな吹き飛ばすことができるんじゃないか!むずかしいけれども、やはりこの方向ですね。なにか、できることを探さなくては。まずは、「平和省」の設立でしょうか。下のサイトに、この本の「理想」が示されています。↓
「国の理想」ネットワーク
 イラク戦争で命を落とした米兵は3000人を超えたそうです。最前線で戦う最下層の兵士の年収はわずか1万5000ドル(180万円)だそうです。そんな低賃金で命をかけてまで、なぜ彼らは戦場に行くのかと言えば、彼らの米国での年収がもっと低いから。
戦場に行くのは負け組たち、他(日経BP)
反戦イラク帰還兵に米海兵隊が脅し(しんぶん赤旗 6/4)

タグ:平和 憲法
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2007年06月04日

サミットにだって「もの申す」べきこと

f8.jpg (山口・ザビエル記念聖堂内部)
ドイツで水曜から始まる先進8ヶ国サミットには、地元のドイツではグローバル化に反対して「もう一つ別の世界を!」と訴える人々のアクションが活発化しているようです。カトリックからも先進8ヶ国諸国の司教たちが共同で要望書を提出したそうです。ドイツの司教協議会会長のカール・レーマン《カール・ラーナーの弟子、ラッツィンガー(現教皇)などと共にドイツの神学をリードした神学者》は、暴力的なデモをけん制しながらも、「サミットはもはや巨大な政治ショーに留まるのでなく、世界の実状に実効ある施策をもたらさなければならない。ただ心のこもった、はっきりと決断した処方をもつこと、それだけが子どもたちの将来を守る。…とくに、貧困とのたたかい、環境問題、どこの国に住む人々にも十分な医療が提供されること、女子教育、エイズの克服が重要である」と語ったそうです。
ドイツ・ロストックでの反サミット・デモの様子(ARD:Tagesshau
★ 
それにしても、ドイツの反サミット・デモには一万人が集まったそうですが、日本だったらどうかな〜、と思います。100人くらいではないですかね? 最近、現教皇と社会哲学者のユルゲン・ハーバーマスの対談の基調講演とその解説:『ポスト世俗化時代の哲学と宗教』(岩波書店)を読んだのですが、ハーバーマスのような哲学者が出てくる土壌、つまり宗教や王権・民族主義など特別の権威を前提することなく、あくまでも言論により人間の理性に基づいて民主主義を確立していくという議論がなりたつ社会の基盤、国民がなしうる論理的な思考というものが、残念ながらわが国には全く欠けているなと思わざるをえません。元レバノン大使の天木さんが、9条ネットから立候補するそうですが、そのお話にしても「なにも考えなくて良いから選挙で一票入れて」というのはこういう国民の実状を心得ているからなんでしょうか。そんなふうに考えている元高級官僚の地金がつい出てしまったのか…?
天木直人、数寄屋橋での街頭演説(YouTube

★ サミット諸国のカトリック司教と言えば、わが国もそれに含まれるのですが、日本の司教団のサイトには何も知らされていません。けれども6月1日に、ペトロ岐部ら188人殉教者の列福については、教皇がとうとう認可の署名をしたとのことです。「国是」と真正面からぶつかって、いのちを賭けた人々の祈りが、今のキリスト教と日本の人々にも伝わりますように。
ペトロ岐部ら188人殉教者列福正式決定
 安倍首相を訴える裁判は、裁判官の腰砕けにより、やっぱり苦戦のようです。それでも、訴え続けるべきです!子どもたちが幸せに生きることのできる国をつくるために。
強制退去〜「杉並の不当な教科書採択取り消し裁判」第3回口頭弁論(JANJAN 6/3)

タグ:憲法 改憲
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2007年06月01日

良心は、「共に+見知る」真摯さから

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「反省」・「悔い改め」が「良心」を健全に働かすために必須であるということについてですが、それは「良心」というもののなりたちからそう言いうることのようです。日本語では、「良心」と「良」の字が初めから入ってしまっていますが、西洋の言葉、その思想では、英語の”conscience”などラテン語系にしても、ドイツ語の”Gewissen”やギリシア語の”syneidesis”にしても、「共に」+「見知る」というのを原意とするようです。間主観的に多くの者が共同で一つの対象を見とめて、そこからその事実を「自覚する」ということなのでしょう。だから、その自覚は、初めから「良い」か「悪い」かが決まっているわけではなく、西洋語では”to have a good (あるいはbad) conscience”とも言われるそうです。つまり良心とは、人間が、その場その時に、実践的になすべき行動について判断し、事前には勧告や警告を、事後には訴えや安心を与えて理性を導きますが、これはあくまで個人的・主観的なことなので、当人の得ている情報や知識、価値観などにより、「間違いうる」ものです。それが、”to have a bad conscience”の状態。西洋中世の格言は、「良心に背いて行動すれば、それは必ず罪である。しかし良心に従って行動しても、必ずしも罪を犯さないとは言えない」と言います。もしやむを得ない誤りがあったなら、その行動は客観的には間違っているけれども、倫理的に罪にならないこともある。しかし避けうる誤りを避けなかったなら、それへの責任から罪となる。いずれにせよ、人間は真理を全面的に知っているわけではないから、やむを得ず誤ることはある。けれどもしかし、常に真理に即して行動することは求められている、ということですね。
 さて産経新聞によれば、「新しい歴史教科書をつくる会」は、扶桑社から関係解消を通告されたため、別の発行元を探すこと、また、扶桑社の教科書のためには「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」(教科書改善の会)が発足するそうです。この人たちの主張がどんなことなのか、一度サイトをしっかり見ておきましょう。この人たちは、日本という国がかつて何をやってきたのかを真剣な共同の歴史研究によって知り、それによってこれからのアジアや世界との良好な関係を模索しようという「良心」に従った行動を故意に拒否し、客観的な事実と自己の真の姿から目を背けることに安住しつつ、さらにその欺瞞をこれからの日本人たる子どもたちに刷り込もうという邪な野望において、度しがたく”to have a bad conscience”な人々だと思います。↓
「新しい歴史教科書をつくる会」ホームページ
 ちなみにこの人々とは対極にあるのが、かつての戦犯の身の上から心をあらためて、”a good conscience”(良い「良心」)をとり戻された「中帰連」の人々でしょう。↓
季刊・中帰連WEB
 現代の視点から、”a good conscience”をもちうるように、人々と共同でものごとを見知っていこうと真摯に努力されている方々の催し案内です。↓

原発(六ヶ所村)・死刑・修復的司法・沖縄集団自決・慰安婦・靖国・死刑・君が代不起立問題に関する催し
 安倍政権は、あいかわらず強行採決をくり返していますが、そもそも知る努力などはしないようですので、もともと「良心」などとは無関係なようです。↓
強行採決が続いている国会から(保坂展人のどこどこ日記 5/31)

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2007年05月31日

「魂の清め」こそ、すべてのもののはじめ

? 022.jpg ペトロ岐部像舟越安武作)
カール・ヤスパースの『戦争の罪を問う』(平凡社ライブラリー)を読んでいたのですが、哲学者の真摯で幅広い、人間への深い愛に根ざした知的誠実さに触れて、現今の日本の政治状勢とその扇動者たちのやっていることがいかに取るに足らない低次元な茶番であるかを確認できて、勇気を得ました。ヒットラーほどにも知恵も徹底性も無い、安物の欺瞞に満ちた安倍政権などに、戦後日本に培われてきた良心的・文化的な国の骨格をいじらせてはなりません。
 ヤスパースの立場からすれば哲学とは、「現実界の非合理を理性によってとらえ、これをよりよき合理性の根源たらしめようとする試み」だそうです。「哲学的思惟は、科学的思惟のように普遍妥当性はないが、人を内面から生まれ変わらせ、おのれのうちに根源を呼び覚ます。真理は権威として与えられるのでなく、交流によって得られる…」。立花隆氏に言われるまでもなく、日本の社会にも政治にも教育にも、こういう「哲学」こそが最も欠如してきたと思います。ヤスパースは、哲学する者として、ユダヤ人をはじめ多くの同時代人を抑圧して死にまでいたらしめたドイツ人が、その政治上の罪責をとりのぞくためには、国民個々が「清め」の道に踏み込むべきことを訴えます。 「我々は清めを経て初めて、いかなる事態に対する心構えをもなし得る自由を得ることができる。清浄な心は、完全な破滅に臨みながら、なおかつ可能なもののために現実世界のうちに倦むことのない活動を続けるという緊張状態にあって、真に生き抜くことができる。要するに、魂の清めがなければ、政治的自由はない。罪の意識を基礎にした内面の清めがどこまで進んだかは、攻撃に対する態度を見て知ることができる。罪の意識を持たなければ、あらゆる攻撃に対する我々の反応は、依然として反撃の形をとるのである。これに対して内面的な揺さぶりを経験した後では、外部的な攻撃は今はただ我々の表層をかすめるだけで去る。悲しみや心の痛みを覚えるであろうが、攻撃が魂の奥底までしみ入ることはない」。 マッカーサーは、天皇制を残置させる見返りとして戦争放棄を「押しつけた」ときに、「これからの日本は、軍事力によるリーダーシップではなく、モラルによって世界に貢献すべきだ」と言ったそうですが、「モラル」の根基は、やはりどういっても魂の「清め」、反省と悔い改めです。これができない人には、戦後の政治にたずさわる資格はありません。ヤスパースによれば、ファシズムからの解放とそれへの反省に基づく戦後においては、「国家のすべての行為は、人格者たる人間によって行われる。以前は国家というものが神聖な超人間的な存在であるかのように考えられて、責任が国家に転嫁された。国家的な背景に立つ宣誓が絶対無条件の性格をもつのは、政治的または軍事的な官職をもつ人に対する忠誠宣言としてではなく、憲法に基づき、また目的と信念とを堂々と表明し確立する共同体の連帯性に基づいてなされる場合だけである」からです。これを否定するような法案は、たとえ多数決されたとしても「不法」です。ヤスパースのこの本は、特攻隊を賛美したり、やたらと武士道などと野蛮な言葉の刀を振り回す現代日本の空威張り煽動者に直接向けられたような次の言葉で結ばれています。「…けれども、死に臨み、今はの際になったときにのみ真理となるようなものが、好ましからぬ誘惑となる場合がある。それは人間が疲労と焦燥と絶望とにあわただしく飛び込む場合である。このような限界点における態度が真理に適うのは、それが命の続く限りは常に少しでも可能な行動をとろうという揺るぎない思慮深さに裏づけられてこそである。謙虚さと節度とは我々の守るべき分である」。
 農林相の件、やはり政権内部の暗黒を暗示しているとしか思えません。↓
『マガジン9条』5/30:デスク日誌―「死の陰に、誰かいる」
 改憲賛成のおじさんやその声高なおしゃべりにあおられて不安感を募らせる女性などは、「あなたは人を殺せますか? あなたの子は? あなたの子が引き出された戦場で殺されても良いのですか?…という最も具体的な状況を想像していないのでは」という井上ひさしさんの言葉を思い出してほしいです。 
同上:伊藤真のけんぽう手習い塾―「権力の側が考える『自衛隊』『軍隊』の怖さ」
 根津さんは、ヤスパースの憲法観をきちんと実践されています。「学習指導要領」が法的根拠となりえないから校長の職務命令で君が代に起立・斉唱させるというのは、憲法違反です。「…鶴川二中へ。今日も朝から照りつける。今日は中間テストだと言う。私の挨拶に無視をする生徒がかなり多いが、『がんばってください』『応援しています』と一言付け加えてくれる生徒もいる。そのどちらにも、私の今を、社会を考えるその題材にしてほしい。そんなことを思いながら、生徒を迎える…」と、今日も日々の教育実践を貫徹される姿勢に頭が下がります。↓
根津公子・07停職出勤日記5月

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2007年05月28日

弱者を取り込む冷酷システムの構築は着々と…

? 105.jpg 長崎・外海(出津)『沈黙の碑』―「人間がこんなに哀しいのに、主よ、海があまりに碧いのです…遠藤周作」 (クリックで拡大)

昨日わたしは、朝早く、東京から湘南に向かう電車に乗っていました。車中には、土曜の夜を東京のどこかの盛り場で過ごしたのでしょう、様々の皮膚の色をした米軍兵士らしき若いアメリカ人も幾人かいました。皆、遊び疲れて眠っていましたが。横浜で横須賀線に乗り換えるときに、立ち上がって出て行く彼らの表情が一瞥されましたが、その妙にまじめそうな目もとが印象に残りました。アメリカの兵士たちのうちには、家が貧しいので、大学に行くためにやむなく志願しているような人々も多いと聞きます。彼らもそんな身の上なのかしら…と、ふと思いました。横須賀をはじめ日本にいる米兵は、皆、前線に向かう戦闘部隊だそうですが、今見た彼らが、イラクにも行くのであろうかと思うと、やっぱり心のどこかでは遠い世界のことだと思っていたかもしれない戦争が、急にリアルに感じられました。…そう言えば、わたしの一人の教え子は、「学資かせぎです」と言って、自衛隊に入りました。今は潜水艦に乗っているそうです。時々帰ってくる彼の顔は、訓練のため浅黒く日焼けし、たくましくなり、まるで別人のようですが、その表情からは、気ままな学生だった以前のおおらかさは消えたようにも感じられます。「先生、自分の前では国のやることの批判なんてしないでくれ」という目でわたしを見ます。国中にこういう若者が溢れていったとき、その社会の空気はどんなに息苦しくなることでしょう…。
日曜日に、久々に京都で集まった元の「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会(あんころ)」関係の方々の集会の報告と、呼びかけ人であった大内裕和さんのアッピールの映像です。↓
「改悪教育基本法の具体化を許さない5・27全国集会」(京都)の報告
大内裕和さんの問題提起「格差社会と戦争国家化」(ビデオプレス映像)
★ 大学の非常勤講師の方々の困窮については、そういえば、これまでは、「しょうがないか…、でも専任として就職するまでのことだから…」と、是認させられてきたと思います。言われてみれば、これは当人にとっても国にとってはとんでもないエネルギーの損失です。大学自体に対しても、この頃は、補助金を盾にした文部科学省のコントロールはますますつのっています。「学問の自由」なんていう言葉はどこにいっちゃったのだろう。が、みんな黙って上目使いで唯々諾々するばかり。何か文句を言う「ヘンな人」には冷たく鋭い視線と黙殺…。みんなあたまのいい人ばかりです。日本的ファシズムの官僚的冷酷システムの構築はすでにちゃくちゃくと進んでいると思います。↓

「放っておいたら大変」 大学非常勤講師の惨状(JANJAN 5/26)

タグ:教育基本法
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2007年05月26日

根本的な問いとは、「お大切」なのは、経済なのか、モラルなのか?…ですね。

j3.jpg (島根県・津和野:「乙女峠聖堂」=浦上四番崩れ流配殉教地)

聖霊降臨祭おめでとうございます。といっても、ドイツなどでは二連休になるほどのお祝い日であっても、日本では一般にほとんど知られていないのが残念。「イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなた方のうちに宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなた方のうちに宿っているその霊によって、あなた方の死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう」(使徒パウロのローマ人への手紙)と、今日のミサの聖書朗読でも言われますが、聖霊とはいのちを根本から活かす方。…聖霊の結ぶ実は、「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」(同ガラテヤ人への手紙)。すなわち、それはイエスのありさまそのもの。落ち着いた平和な生活は、聖霊に従うことから。それに反して悪霊に従う歩みは「敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、ねたみ、…」。悪霊にそそのかされた生活は、不安と恐れで浮き足立っています。…ところで、「愛」という言葉ですが、キリシタン時代には、わたしたちの先祖はそういう観念的な語は知らなかった。人々はこれを「お大切」と言ったそうです。愛=「お大切」…、胸のうちに静かに深く抱きしめているべきもの、…実にきめ細かい言葉だと思います。現今の為政者の力による強さにすがりつきたいと思う、心に不安を抱える人々には、この「きめ細かさ」が欠けている。みな性急で、息が荒く、あおられた不安のうちで地に足が着いていない。本物につながっておらず、つかまされたなんらかの偽物で心の空虚を塞ごうと焦っているから、でしょう。…幻想です!…「お大切」に、人々の暮らしと将来を展望するならば、経済で勝たんがために、絶えず戦争に脅かされる生活を選択するのが妥当でないのは当然でしょう。
 つい最近、韓国に転居された「哲学する主婦」さんから、レポートをいただきました。引き続き、隣の国から日本を見たお便りをいただければさいわいです。↓
「日本国憲法第9条の2項には日本人の生きざまが?」(哲学する主婦・村瀬慈子)

 ちなみに「哲学」と改憲潮流との関連について。安倍とフィロソフィア=愛知は水と油でしょう↓

立花隆「安倍教育改革の負の遺産―哲学の崩壊は憲法問題」(NikkeiBPnet 5/22)

 じっくり「お大切」の味を追求される方々が発言しておられます。↓

井上ひさし氏 「憲法は自衛している」〜憲法フェスで持論展開(JANJAN 5/22 

映画監督 山田洋次さん なぜ急ぐ歴史から学ぼう (東京新聞 5/22 

環境平和国家への道 書評「国の理想と憲法」(JANJAN 5/26) 

 平和のためのデモに参加されている方の「(デモをすれば)世界が変わりますか?」という質問への答えに感動しました。―「変わらないでしょう。でも、変わらないからやらないのではなくて、変わらなくても、やり続けるんです!」。首相を訴えるという不可能事へのチャレンジは続きます。↓

『「改正」教育基本法は違憲だ!』との提訴に際しての声明 

次回結審か?裁判官の“平目性”が出てきた〜大田原市扶桑社版歴史・公民教科書採択取り消し裁判 (JANJAN 5/26) 

 「安倍的なもの」についての考察と報告です↓

神の国である日本は正義か (「非戦つうしん」 読者の声より) 

9条改憲を許さないため、安倍政権と全力で闘おう!井上澄夫(市民の意見30の会・東京)

憲法改悪、海外侵略野望、靖国供物で 朝鮮メディア相次ぎ安倍首相非難(朝鮮新報 5/24)

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2007年05月23日

覆いが取られてあからさまに平和の主権者に

? 196.jpg (上五島・青砂ヶ浦教会にて)

今、キリストの教会は、イースター(復活祭)シーズンの締めくくりの「聖霊降臨祭」(来週日曜日)を待っています。この祭は「教会」の誕生日。かつて、十字架につけられた主イエスを見捨てた弱虫どもの弟子たちは、50日の間、復活したイエスから、神のいつくしみの国とはどんなものなのかをとくと教示されたので、そこから今度こそ一致団結して、神の愛の息吹きに満たされたコミュニティー、すなわち「教会」の新たな旅が始まります。弟子たちがそうできるようにとのイエスの生前の祈りの言葉が、近頃のミサの聖書朗読では、毎日せつせつと読まれています。たとえば今日は、「彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです」(ヨハネ福音書1719という箇所でした。「真理」は、ギリシア語で「アレーテイア」と言いますが、観念的に響く「真理」よりも「まこと」と訳した方が良いかも。「ありのまま・実相・現実・実在…が覆いをとられてあからさまに顕わになっている」というのが「アレーテイア」です。イエスは、弟子たちのために「彼らが、神の『まこと』であるいつくしみを、そのまま顕わに、あからさまに、この世に示せますように」と祈ったのです。このことが、弟子たちの中に、心から実感されて力強く自覚されるのが「聖霊降臨」です。

『あたらしい憲法のはなし〜今9条を考えよう〜』(日本電波ニュース社)というビデオを見ました。とても良くできていて、先日の教会での改憲賛成おじさんたちにも見せてやりたいと思いました(確信犯だから、無駄か…)。その中で、イラクで武装グループに一時拘束され、解放されたけれども、政府や一部の国民からバッシングを受けた高遠菜穂子さんのお話もありましたが、その姿がとても印象的でした。高遠さんいわく、「『愛とは何か』を追求していたら『平和』に行き着いた…」ことから、イラクでのストリート・チルドレンのための活動に参加されたそうです。「…でも、戦争で死んでいく人々の死には人間としての尊厳が全く奪われていて、それを長年見続けているイラクの人々は、みんな『シンナー吸い続けて死んでやる!』と自暴自棄になっているストリート・チルドレンみたいな状態であり、それが切ない…」。なにしろ、ビデオの中で話す彼女の目は、実にキラリキラリと生きている!よどんだ目で、自分自身と国民を毎日誤魔化し続ける首相とは大違い。そして彼女が言うには、「多くの人は、憲法の中身を実は実感していないから、『時代遅れだから変える』みたいな言葉にだまされてしまう。けれどもわたしは、『憲法9条を自分で生きて、実践してみて、やっぱりこれはすべての人間にとって大事なものだ』と実感したから、これを守りたい」とのこと。…今年の聖霊降臨は、憲法9条による平和をあからさまに実行し、実体験し、これを実感する時としよう!とわたしも思いました。↓

宗教者ネットのこれからの行動/映画:『君が代不起立』関連催し=上智大学・社会正義研究所「自由は危ないのか」、四ツ谷聖イグナチオ教会・メルキゼデクの会:上映会+根津公子さんとのトーク

 安倍首相の人相については以下をどうぞ…↓

JANJAN編集委員時評(5/21)

タグ:平和 憲法9条
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2007年05月22日

あおられて一つに凝り固まるはマインドコントロールでしょ?

[i[.jpg (預言者カール・ラーナー=ドイツのカトリック神学者)
週末、阪神のカトリック教会で憲法教育基本法についての集まりがあり、安倍政権がやっていることのコンタンやその背景、嘘いつわりなどについて問題提起してきました。同じ時間、同じ教会の別の部屋では「死といのち」について考える会があり、そちらにもけっこう人がいた。「死ぬときのことを考えるより先に、生きている間にしかできないし、今やらないと(精神的に??)殺されてしまうかもしれない問題を考えることの方が大事なのにね…」との主催者の言葉に半分同感…。信者数2300名くらいの教会、常連さんは3分の1ほど、そのうち120人くらいの方々が来られたのは、多いのか少ないのか…、憲法が変えられてしまうかもしれないこの時期には、やはり少ないと思う。だいたいの参加者は、改憲とくに9条を変えることには反対だというふうに感じられました。しかし発言するのは、国会におけると同じく、圧倒的に改憲賛成の保守派確信犯の、声の大きなおじさんたち(初めから自分の言いたいことを入念に準備してきて)。…「みつのぶさんは、専門家でもないのに、政治や経済のことを断定されては困る」ですって。←明白なことは「専門家」(それって一体誰?)でなくったって一目瞭然です。「使っている資料はサヨクのとんでもないメディアばかりだ。まるでサヨク政党の代弁者のようだ」ですって。←右も左もないです。判断基準はイエス・キリストの神のいつくしみが生きるか否か。正しいものを正しいと識別する批判力を身につけることこそ、学問することの目標です。「宗教に関係する人は、政治や経済に口出しすべきでない」ですって。←神が恵まれる一番大切ないつくしみによる生命が奪われそうになっているのに、それについて黙っているのは真の信仰ではありません。そのときに警告を発する「預言職」とは、聖書の信仰伝統でたいへん大切にされてきたこと。「他国の国旗を尊重するのは『常識』でしょう。だったら自分の国の国旗を尊敬するのも常識です。それができない根津さんのような方は、わたしの子や孫の先生にはお断りです」って。←旗なんていうモノを尊重するより「人間」を尊敬することの方がずっと大切な常識でしょう。自分の「常識」で人を一列に括らないでください。それが日本的なイジメの根源ではないですか。わたしは、国旗なんていう道具で人々の精神的な自由を括り縛り、操ろうとする企みに気づいて、「なんとかしなくちゃ」と苦しむ先生の方をずっと尊敬いたします!ともかくこの種の人々の本音は「ここは俺たちの領分だ。神父や司教がエラそうに入ってくるな。黙っていろ」ということでしょう。なにをそんなに恐れているのですか。想像するに、こういう人々は、社会で自分の立場によって得ている利益の裏側をキリストの光で照らしだされたくないので躍起になるのでしょう。カトリック信仰よりも、そういうやましさを隠そうとする自己防衛の方がずっと深く根付いているようです。こういう(内閣にも首相のまわりや有名人にもいる)カトリック信者と自称する人々が、神のいつくしみの前で空の手となり、恵みのみに最高の幸せを見出すほんとうのカトリック信者となることができますように。
 先日ご紹介した、わたしも参加した「教育基本法は憲法違反」裁判についての集まりについて、敬愛するひらのゆきこ記者は、ちゃんといらして記事を書いていてくださいました。どの方だったのかなぁ〜?。↓
主権の実現は等身大の裁判で〜日本は裁判後進国JANJAN 5/20
 怒れる杉並のおかーさん、ガンバッて!!↓
危険な国 日本〜国のために「殺し」「殺される」時代へ(JANJAN 5/20 
 中川幹事長らがさかんに吹き流す「憲法草案公募」なんていうのは、下のような見解を改悪憲法にもりこみたい見え見えの企みだとわたしは「断定」します!↓
「靖国」派がめざす国家像とは? 日本会議議連「新憲法大綱案」にみる(しんぶん赤旗 5/20
 昔は「優取り」教育でした。それから「ゆとり」教育になりました。今ではお上の「ゆー通り」教育です。↓
教師をダメにする教育3法の危険度(JANJAN 5/20 
 産経・読売・日経などばかり読んでいるニッポン株式会社関係の人々は、「日米(経済・軍事)一体関係なしには、日本はもう一歩も立ち行かない」と絶叫しがちですが、それはマインドコントロールされているのではないですか?戦前も「これしかない」で凝り固まり、そのまま火の玉になって焼け落ちたのでしたね。オータナティブな外交関係に道を見出して、平和的な手段によって世界の様々な人々から信頼を獲得していくというのが、戦争で大きな犠牲を払って悟った憲法の定める路線ではないですか。↓
ブッシュ大統領は史上最悪 カーター氏が酷評(東京新聞 5/20 
「平和憲法改定は悲しい記録に」UAE紙 社説 (しんぶん赤旗 5/19
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2007年05月21日

「新憲法草案は公募で」

TBSNEWSi5月21日によると自民党の中川幹事長は「新憲法」草案を公募すべき旨の発言をしているようです。「新憲法」を制定すべきことの国民的合意があるのかという点は問題です(今の日本がいろいろな意味でおそらく危機的な状況にあるのは確かであるにせよーもちろん憲法を変えれば問題解決するというのは安易な発想ですがー)。しかし確かに憲法問題に関する国民的議論を喚起しなければいけないのは確かです。ここではやはり議論をリードする者としての日本の法学者の見識が問われているのかも知れませんね…。
posted by ライムンド at 13:01| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月20日

国民投票法総括

 遅くなってしまいましたが、14日(月)に成立した国民投票法案、私なりに総括してみようかと思います。先ず「ウィキペディア」の「日本国憲法の改正手続きに関する法律」という記事は、同法の成立の流れもきちんと押さえた一つの良い総括であるようにも思います。成立した法律の文面はこちらから見ることができます。

 同法の問題点・懸念される点をまず挙げるとすれば、まず2条1項で憲法改正の発議から国民投票までの期間を60~180日としており、最低の60日というのはやはり短いのではないかと気になります。また51条1項を見れば分かるように、投票は1日だけのようです。126条に有効投票の過半数の賛成で成立する旨記載があり、(投票を有効にする)最低投票率の定めもありませんから、1日だけの投票で、投票された有効票の過半数の賛成があれば、総有権者比でどれだけの賛成であっても、改正案が成立することになります。
 また100条で「国民投票運動」の規制に関し、学問の自由、表現の自由、政治活動の自由を尊重するべき旨の記載があるのはさしあたり評価できそうです。しかし103条には公務員及び教育者による「国民投票運動」の規制が明記され、ここを読むだけではいったい何が禁止される「国民投票運動」になるのか明らかでありません。100条の規定が103条の解釈の指針になるべきでしょうが、103条は非常に広く解釈される危険もあるように思います。むしろ103条の規定は(以前から申し上げているように)そもそも設けられるべきではなかったのではないかと思います。続きを読む
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2007年05月17日

主権の実現方法は選挙だけではない!

? 193.jpg (上五島・頭ヶ島の墓地)

新教育基本法は憲法違反であることを確認することを求めて、総理大臣をはじめとする何人かの国会議員を訴える裁判を起こそうとしているグループの集まりに行ってみました。日本国憲法には81条に違憲立法審査権(「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」)が規定されているにもかかわらず、かつて警察予備隊の違憲性が問われたときに、「最高裁は憲法裁判所ではなく、司法裁判所であるから、実害が出たときにのみ違憲審査に関与する」とした判例が、その後ずっと規範的となってしまい、「解釈改憲」をはじめ、憲法違反に対するチェックが効かない状態がずっと続いていることの是非を問おうという趣旨だそうです。憲法は、主権者である国民が自分たちの権利を国家に守らせるためのもの。司法は、三権の一角として他の二権をけん制すべき任務をもっていますが、しかしどうも為政者の方にばかりになびく。裁判所内部には、裁判官らが出世のために上の意向ばかり気にする官僚的な構造腐敗が厳然とあるようです。「国民が主権を発揮する場は選挙のみである」と為政者は、国民をマインドコントロールしたいでしょうが、しかしデモ・署名運動・座り込み…etc.という直接民主制的な行動に加えて、さらに「行政訴訟が第三の主権実現の方法であることをもっとはっきり国民が自覚する必要がある」、というのがこのグループのアイディアです。ドイツでは、ナチ時代への反省から、国のしくみを民主的なものに変えることに本気でとりくみ、行政に対する不服申し立て裁判が年間50万件もあるそうです。やりかたもごく簡単で、裁判所もスーパーマーケットの二階であるとか生活の場の近くにあり、日本のように権威ぶっていない。ところが日本では、手続きがいかにもめんどくさそうで、お金もかかりそうだし、行政訴訟は年間たった2千件しかなく、しかも証拠となる書類を役所などに提出させることができないので、勝訴率も極めて低い…。こうした状況は世界的にみても全く人権後進国的だそうです。でも実は、裁判を起こすのは、弁護士費用を除けば、お金のかかることではないし、その上裁判が始まれば、ふつうにはとうてい直接話すこともできない首相のような者であっても、法の前の平等において、場合によっては呼び出して話させることだってできる、マスコミも報道してくれる…というわけで、主権者の主権実現にはたいへん有効な方法だというわけです。吉田茂が、自衛隊をつくってアメリカと合体していくという解釈改憲を始めて、それ以後、日本の政治が最高法規である憲法に照らし、その真理に基づいて政治を行うということを放棄して以来、コトの真偽よりももっぱら損得勘定至上主義できたことのつけが、現在の日本国民の劣化を招いていると、昨日も弁護士の生田氏は話されていました。採決された国民投票法にしても、あのようなズサンなやりかたででてきた法律による改憲が、将来の国民の意識にどういう影響(禍根)を残すかまで考えなければいけない筈だ、とのことです。マッカーサーは、憲法9条を導入させたときに、「これからの日本は、軍事力によるリーダーシップではなく、モラルによって世界に貢献すべきだ」と言ったそうですが、(安倍らを見ていると、「モラル?…ハアッ〜?」)、日本人一般には過大な期待だったのでしょうか…?

「改正」教基法は違憲・違法だ!提訴します(JANJAN 3/13)

訴状

訴訟趣意書

「杉並ママ」の原告体験記(JANJAN 3/25)

素人が安倍晋三を訴えた―「杉並教科書裁判」第2回口頭弁論(JANJAN 2/20)

「杉並の不当な教科書採択取り消し裁判」傍聴記(JANJAN 06/12/22)

 宗教者から「国民投票法」採決についての声明が出されています…

改憲手続法についての「日本キリスト教協議会(NCC)」と「宗教者九条の和」緊急声明

posted by みつのぶ at 09:23| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

危機は「好機」への窓

99c7.jpg (長崎・外海/