(島根県・津和野:「乙女峠聖堂」=浦上四番崩れ流配殉教地)
聖霊降臨祭おめでとうございます。といっても、ドイツなどでは二連休になるほどのお祝い日であっても、日本では一般にほとんど知られていないのが残念。「イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなた方のうちに宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなた方のうちに宿っているその霊によって、あなた方の死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう」(使徒パウロのローマ人への手紙)と、今日のミサの聖書朗読でも言われますが、聖霊とはいのちを根本から活かす方。…聖霊の結ぶ実は、「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」(同ガラテヤ人への手紙)。すなわち、それはイエスのありさまそのもの。落ち着いた平和な生活は、聖霊に従うことから。それに反して悪霊に従う歩みは「敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、ねたみ、…」。悪霊にそそのかされた生活は、不安と恐れで浮き足立っています。…ところで、「愛」という言葉ですが、キリシタン時代には、わたしたちの先祖はそういう観念的な語は知らなかった。人々はこれを「お大切」と言ったそうです。愛=「お大切」…、胸のうちに静かに深く抱きしめているべきもの、…実にきめ細かい言葉だと思います。現今の為政者の力による強さにすがりつきたいと思う、心に不安を抱える人々には、この「きめ細かさ」が欠けている。みな性急で、息が荒く、あおられた不安のうちで地に足が着いていない。本物につながっておらず、つかまされたなんらかの偽物で心の空虚を塞ごうと焦っているから、でしょう。…幻想です!…「お大切」に、人々の暮らしと将来を展望するならば、経済で勝たんがために、絶えず戦争に脅かされる生活を選択するのが妥当でないのは当然でしょう。★ つい最近、韓国に転居された「哲学する主婦」さんから、レポートをいただきました。引き続き、隣の国から日本を見たお便りをいただければさいわいです。↓「日本国憲法第9条の2項には日本人の生きざまが?」(哲学する主婦・村瀬慈子) ★ ちなみに「哲学」と改憲潮流との関連について。安倍とフィロソフィア=愛知は水と油でしょう↓
立花隆「安倍教育改革の負の遺産―哲学の崩壊は憲法問題」(NikkeiBPnet 5/22)
★ じっくり「お大切」の味を追求される方々が発言しておられます。↓
井上ひさし氏 「憲法は自衛している」〜“憲法フェス”で持論展開(JANJAN 5/22)
映画監督 山田洋次さん なぜ急ぐ歴史から学ぼう (東京新聞 5/22)
環境平和国家への道 書評「国の理想と憲法」(JANJAN 5/26)
★ 平和のためのデモに参加されている方の「(デモをすれば)世界が変わりますか?」という質問への答えに感動しました。―「変わらないでしょう。でも、変わらないからやらないのではなくて、変わらなくても、やり続けるんです!」。首相を訴えるという不可能事へのチャレンジは続きます。↓
『「改正」教育基本法は違憲だ!』との提訴に際しての声明
次回結審か?裁判官の“平目性”が出てきた〜大田原市扶桑社版歴史・公民教科書採択取り消し裁判 (JANJAN 5/26)
★ 「安倍的なもの」についての考察と報告です↓
神の国である日本は正義か (「非戦つうしん」 読者の声より)
9条改憲を許さないため、安倍政権と全力で闘おう!井上澄夫(市民の意見30の会・東京)
憲法改悪、海外侵略野望、靖国供物で 朝鮮メディア相次ぎ安倍首相非難(朝鮮新報 5/24)
posted by みつのぶ at 23:19| 東京 不明|
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日記
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>教養教育における「哲学」の消滅という事態が、日本国の知力の水準を下げ、日本の国力を衰弱させつつあるということを知っているのだろうか。
立花さんが指摘しておられるような、学問における前提としての哲学教育の大切さ、フランスの文科系(特に哲学)の学問の水準が高いのはリセにおける哲学教育のおかげであることは、私の恩師故水波朗先生はいつも強調しておられました。加えていえば、水波先生によると、日本では明治・大正期以来の新カント主義観念論に由来する価値相対主義が一般人の意識とさまざまな社会制度の支配的イデオロギーであり続け、社会の倫理的基礎を掘り崩すとともに、社会科学を後進的なもの(憲法学者でもある水波先生はとくに今の日本の憲法学を手厳しく批判しておられましたが)としていることを常に主張しておられました。
哲学の大切さ、またここ数年私が思うのは、同時に人間理性は自己完結的なものではなく超越と開かれており、また理論と実践とは連関したものであり、哲学のみならずやはり神学が大切ではないかということです。キリスト教神学はもちろん、それのみならず、何か万人の持つはずの超越的関心に理論的にも実践的にも応えてゆくことが大切ではないかと、学者見習いの身ながら感じています。
いずれにしても教育の問題が緊急の重大事であるのは間違いないように思います。そこでやはり問われてくるのは、偏狭なナショナリズムなどではない、人間形成のための価値指針ではないかと思います。
私も、今回の立花隆さんの記事は、根源的な問題に目を向けている、よい記事だとおもいました。また、それについてのライムンドさまのコメントにも、深い共感を覚えました。すべての人間の理性は、その根底で超越へと開かれているのだと私も、おもいます。だからこそ、すべての人が神の言葉を聞くことが可能なのだとおもいます。そういったことが学問的に哲学的にもっともっと明らかになっていったなら、いいのになあと願っています。ライムンドさん、がんばってください。
書評の記事で紹介されている野村昇平さんの『国の理想と憲法』という本も、とてもよさそうですね。私も読んでみたいです。国家のエゴイズムをこえて、日本の国がどんな理想を持って人類のために貢献できるのかという視点で、国の方針が決まってゆくようであったらどんなにいいでしょうか。安倍首相の重心が、改憲より世界の環境問題への貢献のほうに移ってくれればいいと願っていますが、それが単なるサミットや選挙のための批判のがれの隠れ蓑にならないように切に祈りたいです。