2015年12月17日

教育基本法改悪翌日の決心

afbe.jpg (カトリック島原教会「放蕩息子と寛大な父」の像)
 

教育基本法が06年12月15日に安倍政権によって力づくで改悪されました。採決があんなに無理矢理に行われたのは、このことが次に憲法を変えるための布石だからでしょう。憲法をこれから守り通せるかどうかは、わたしたち市民の一人ひとりが、良心の声を多くの人々と一つに響かせていけるかどうかにかかっています。
前教育基本法の精神を保ち続け、真理と愛において子どもの一人ひとりを見つめる教育を推し進めること。そしてそれを通して、わたしたちの大切な宝である憲法の民主主義・平和・人権の尊重を邪悪な力から守っていけるように、知恵と情報を分かち合いましょう。

★このブログは、カトリック・イエズス会社会使徒職委員会憲法・教育基本法タスクチームによって支援されています。
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以下は、このブログの設立趣旨のような「思い立ち」です。…



教育基本法改悪の日の決心から


 
◆ブックレットづくり

 昨年の春、国会で教育基本法が変えられそうだということになり、イエズス会社会使徒職委員会としても「なにかできることをしなければ」ということで、憲法・教育基本法タスクチームの名前で『憲法・教育基本法を考える―福音的視点から―』というブックレットをつくりました。


教育基本法という理念法を変えるのは、憲法改定をねらってのことであり、それは日本社会の思想的根底を覆す一大事です。それでわたしは、ふだんは神学教育や研究という抽象世界にいるのですが「ここは踏ん張らねば」と社会に踏み出してみたわけです。

出来上がったブックレットは、せいぜい3−400人に読んでいただければ上出来かと思っていたところ、思わぬ反響を呼んで最終的には2千800部まで増刷されたそうです。もちろん全国民のスケールからすれば微小ですが、この問題は、絶対マイノリティーのカトリック教会においても人々の関心を喚起するテーマなのだということを実感しました。
 

その後、11月に公表されたカトリック中央協議会社会司教委員会による教育基本法についての懸念声明の作成にも少しかかわったので、わたし自身としても「自分の言葉に責任を持たねば…」との気持ちから、12月の採決の頃には国会前の集会に連日通っていました。

デモとか政治運動にかかわった経験はこれまでほとんどありませんでしたが、今度ばかりは放っておけない、譲れないという思いが心の底からこみ上げてくるのを感じていました。

思い切って国会前の集会に行ってみると、同じような思いの市民がたくさん来ているのがわかり、励まされました。「教育基本法改悪反対全国連絡会議」(通称「あんころ」)という、大学の先生などが呼びかけ人になっている市民団体が、ネットを通じて運動を盛り上げていたし、ヒューマンチェーンというような形での集まりも工夫されたので、わたし同様「ノンポリ。でも今回だけは…」という人々も気安く参加できたのだと思います。

こういうネットを通じて多くの市民を目覚ませ連帯させるというやり方は、これからの市民的な政治運動の有力な手法になるのではないかと思いました。なにより、何万もの人々と身近な実感をネットを通じて共有できることが良いと思いました。


◆やむにやまれぬ市民の声


 たとえばわたしは《あんころブログ》に投稿されていた一つの書き込みにとても共感しました。以下、引用です。
 

「…今日、国会に到着できたのが5時半すぎ。いつものように地下鉄の入口で新聞を配っているおじさんが、『6時から7時に採決すると言っています』と、教えてくれました。
 

参議院会館の通りに出ると、かつてない緊迫感をすぐ感じました。歩道を埋め尽くした千人ぐらいの人々が、それこそ狂ったように、間断なくシュプレヒコールの石つぶてを国会めがけてぶつけていました。『改悪を許さないぞー!!』『強行採決を許さないぞー!!』。
 

高校生にも分かるような汚いやり方で、世論を偽造しようとしたタウンミーティング。首相もいない委員会での強行採決。そして今日、野党が内閣不信任案を出したとき、自民党からはものすごいやじが飛び、せせら笑う声まであったと言います。
 

連日通ってこられたミュージシャンのZAKIさんは、『みんな、おれたちは負けたんじゃないからな。世論は圧倒的多数で、勝っているんだから』と、いつもより力を入れて教育基本法改悪反対のラップの入った歌を歌ってくれました。
 

呼びかけ人の三宅晶子(千葉大学)さんも大内和裕(松山大学)さんも『今日が新たな闘い第一歩だ』と言いました。『私たちは、このたびの行動で、子どもたちの基本的人権を守ることの大切さをますます深く認識し合った』と。そして『ここに集うお互いの信頼関係を大切にして、これからも頑張っていこう』と確認し合いました。
 

  首相官邸に向かうとき、警官が例によって『旗を降ろしてください』と言っていました。いつもは無言の人が多いのですが、この日はみんな『降ろすくらいなら最初から上げるものか!』とか『うるさい、だまれ』などと言い、警官も私たちの怒りの気迫に完全に圧倒されていました。

『旗を降ろして』という警官に、いつもは淑女の私も、思わず『安倍を先に降ろしてよ』と言っていました。そばにいた、やはり淑女らしき方も、私につられ、『そうよ、安倍を降ろしたら、旗を降ろしてやるわよ』と言っていました。


 
 国会に何度も通い、お金も使いました。けれども今回の『初めてのことばかり』の体験の中で、あそこでしか学べないことがたくさんあることを知りました。

これからも、どんどん国会へ行こうと思います。新聞もマスコミも、国民をなめているし、これからはそれらを当てにせずに、自分の足を使い、耳を使って情報を集めようと思います。自らがインターネットを駆使して、発信元になろうと思います。
 

不当なものと闘いながら生きている人の真っ当なすばらしさ、それは、国会前で私が知った、最も大きな宝物です」(引用おわり)。
 

 大新聞やテレビなどの一般マスコミの反応が、今回の法改定についてとても鈍かったことは、多くの人が指摘していますが、ネット上では「ビデオプレスTV」などのサイトが、テレビや新聞が全然報道しなかった「やむにやまれぬ」思いで国会前に集まってきた市民の声や様子を映像で伝えていました。

その中で歌われていた「上を向いて歩こう」の替え歌は、改悪採決されてしまった日に国会前に集まった人々の気持ちをそのまま歌っていると思います。

「…前を向いて歩こう / 涙がこぼれたっていいじゃないか / 泣きながら歩く / ひとりぼっちじゃなかった夜…」。


◆ゼロからスタート
 

 わたしは、政治活動というよりも宗教者の巡礼として参加しているつもりだったので、国会前では、お遍路巡礼の白衣スタイルで、背中に「上智大学およびカトリック・教育基本法改悪反対連絡会」と書いて歩いていました(…サッカー試合に応援チームのシャツを着て行くサポーターのノリ…)。

けれども「連絡会」とはいえ、そこで連絡できたのは2,3のシスターだけでした。プロテスタント系の人々は少数見受けましたが、カトリックはやっぱり弱いなという実感です。

今回の強行採決を経て思ったのは、今の国会状況では、いくら良心的で理に適った意見を述べても、議席がないならまったく無力だし、そして数で勝る権力は、自分の意思を実行するために最高の装置(官僚・マスコミ統制・警察…etc.)をもっていて、国民はその前ではバラバラにされ、まったく無力であることを思い知らされたということです。

それでわたしは、やはりこういう問題について権力を監視していくためには、やむにやまれぬ思いをもつ個々の市民の声を響き合わせるために、なんらかの機動的なグループをつくり連絡しあっていかねばならぬと痛感したわけなのです。
 

 そこからわたしは、3日後に復活したイエスではありませんが、1日敗北感に沈んだ後、起き上がって一つの決心をしました。

つまり良心的な市民の声なき声に答えるために、
@       今後も教育基本法・憲法改悪へのとりくみを継続して、ブックレットの続編・続続編までも出す。
A       ネット時代なので、この問題についてのサイトやブログを立ち上げて、情報交換と連絡を密にする。
B       研究会などを行う。…ということをやっていこうと考えたわけです。

◆この世を覆う魔の力 
 

 安倍政権が、彼らの一番だいじな支持者から求められている最終的な課題とは、グローバル化した世界市場の中で、日本がアメリカと共同歩調をとって勝ち馬に乗り続けるということでしょう。

そこにナショナリズムが入ってくるのは、そもそもアクセルを踏みながらブレーキを踏んでいるような無理がありますが、それは新自由主義を推し進めるという至上命令のために、上からの指図ならどんなことにも従う(軍人を含めた)単純労働力を確保できるよう、国民を権威的に押さえつけて束ねるという意図が後付けされているからでしょう。

結局、ゴールはどう考えても、アメリカと共にパワーとマネーを保持し続けたい人々の「憲法九条殺し」です。武力のプレゼンスを背景にして世界中で金儲けをしたいのです。

けれども武力と金力を振り回して政治や経済を推し進めるなら、その歪みやツケは必ず貧しい人々、弱い人にまわされます。そして無理な力が働けば、そのために世界中に不安や緊張、戦争と暴力が拡がります。

これが世界の現状でなくて何ですか?


 
フランシスコ・ザビエルの師であり仲間であるイグナチオ・ロヨラが『霊操』の中で言っているように、まず富に目を奪われた人の欲望は、やがて名誉や虚栄心へと広がり、さらに他者をも支配しようとする傲慢に手を伸ばします。人はこうしてサタンの術中に落ち込みます。

現在でも、持てる者は現状世界のシステムをますます強化して自分たちの身を守り、他者を支配しようと目論見ます。

このような者たちは、「美しい国」などと子どもじみた自己陶酔を口にしますが、そうしたナイーブさは他者を思いやることのできない冷酷さと裏表でしょう。

そしてそれが、社会のもっている人間らしさを殺していきます。


◆キリストと共に十字架を 
 

キリストの場合も、ユダヤ民族の宗教的権威と政治が結びつき、それに民衆も一緒になって、すべてが目配せし合い、一つになった悪魔的な力として彼を抹殺したのでした。

宗教的指導者と政治的支配者と民衆それぞれが、権威や権力、はかない好奇心といったものを絶対化していたがゆえに、そうした物ではなく、御父なる神のいつくしみのみを崇めたイエスが憎くて憎くてしかたなくなり、彼をひねり潰したのでしょう。
 

理性や良識の声に耳を閉ざし、執念の虜のように教育基本法強行採決や憲法改定へ突き進む安倍氏の姿、またそれをゆるしている日本社会を見ていると、わたしは、その背後に、戦前に国家主義や愛国主義を絶対化して戦争を始め、何百、何千万もの人々を痛みと苦しみのどん底に突き落とした者たちの亡霊を見ずにはおれません。

神のいつくしみでなく、歪んだ夢や価値観を絶対化する我利我利亡者たちに、わたしたちはキリストと共に「それは空しいからやめろ」ときちんと声を挙げねばならぬと思います。
 

 ところでわたしは、こういう運動を始めてから、深い勇気と慰めをも感じています。この世の嘘に気づいて、それを「なんとかしなくちゃ」ともがいている人々の間には、本当の対話が生まれるからだと思います。

そういう対話が響きあうときにこそ、イエス・キリストと一致しようとする祈りも深まります。

「教会」とは、結局、世界の根底で自分を無にして生きている人々の間の対話の中にこそあるのではないかと思います。

表面層からは隠れた小さな所で、殺されてしまったかもしれないけれども、本当の信仰を生きる人々がいた。そういう本当に苦しんだ人、正直な貧しい人達が、静かに人知れず、まわりに残した光の場所を「教会」と言うのではないかと思います。
 

わたしたちのブックレットに反論してくる人はほとんどいませんでした。一番大事にすべき神のいつくしみを実は大切にしていない人は、自分の中の嘘を知っているので、結局、真理の前では何もできないのだと思いました。

本当は、己が姿を真理の前に映し見るのが怖くてしかたがないので、影にばかり身を隠して暴力テロに向かうのでしょう。

真実には「はい」を、おかしなことには「いいえ」をはっきり言うこと、それは聖書が教えることだし、怒るべきことについて、いわれなき圧迫を恐れて泣き寝入りするのは、「恐れるな、共にいる」と言われたキリストのもたらす解放とは無縁だと思います。

この国にはびこるイジメ体質の根本でもある内からの抑圧、そういうものは、本当は実体がないのだということを実感しあえる社会をつくっていかねばならぬと思います。
 

さきほどの決心を少しづつ実行していくために、わたしは「憲法・教育基本法を守ろうカトリック連絡会」という名前でブログを始めました。

これから国会では、改憲に向けた法律がどんどん成立していくでしょう。教育行政からも次々に憲法の精神を骨抜きにする通達がなされるでしょう。

人々の良心からの行動でそういう動きをなんとか押し返していくことができるように祈りを集めていきたいと願います。


(光延一郎・イエズス会司祭)

「社会司牧通信」(第136号 2007年2月15日 イエズス会社会司牧センター発行)より

posted by みつのぶ at 14:49| Comment(11) | TrackBack(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
教会でもどこでも、教育基本法の問題について知っている人なんてほとんどいなかった。私も実は教育基本法なんて読んだことありませんでした。でも国民がなんにも知らないのに、政府はたいへん急いで採決しようとしていることはわかりました。マスコミはそれについてなんにも客観的な情報も流さなくて、朝日新聞なんて、すべてが終わった後に、自己弁護みたいに詳細な記事を出してましたね。It's too late!ていうの。安倍さんのうさんくささはあらわになったけど、でも国民はあいかわらずなんでしょうか…。
Posted by ゆみ at 2006年12月17日 23:48
私も、改正されたあとの朝日新聞の社説を読んで
改正後にこんなふうに書くくらいなら、なんで改正前にもっと目立つ1面とかで問題を取り上げてくれなかったのかなあと思いました。世論を誘導してほしいわけではないけれど、社説であとで大事な法案だったというようなことを振り返るくらいなら、前もって国民全体にかかわる大切な問題に対して、注意を喚起する姿勢があってよかったのではないかと、朝日に抗議のメールを送ってみました。読んでもらえるのかどうかわからないけど。でも、今回のことで思ったのは、民主主義がちゃんと機能するためには、国民が、(もちろん私も含めて)今、政治の世界で何が行われているのか、それがどういう結果を呼び込むかもしれないのか、ということについて関心と情報と知識をもってないといけないんだなあということです。そうでないと、形だけの民主主義になってしまうんだなあって。ヒトラーだって選挙で形式上は民主主義的に独裁者にまでなったわけだし・・。これからは大切な憲法を守るために、もっと日ごろから情報を知る努力と、何が問題なのか、それについて自分は真理に照らしてどう考えるべきなのかを学ぶ努力をしてゆきたいなあとおもいました。さしあたって読んだのが清水書院の「人と思想」シリーズの「内村鑑三」。不敬事件と非戦論で有名な彼の自選の墓碑銘は「我は日本のために、日本は世界のために、世界はキリストのために、そしてすべては神のために」。キリスト者として、ほんとうに日本を愛するとはどういうことか考えさせられました。自分もキリスト者として、真理に忠実であろうとするなら、非戦の誓いをしている現行憲法の精神をどこまでも維持していけるように、がんばらないといけないのではないかとおもいました。
Posted by 上田圭委子 at 2006年12月25日 09:30
私も教育基本法が参議院採決された晩のNHKの9時のニュース報道を見て、そのひどさに怒って抗議の電話をかけました(待たせた分も電話かけた人もち、なんてセコイの)。@なんでこんな国家の一大事のニュースを差し置いて、最初にレッドソクス入りの松坂の話なんかを長々とやるの? Aなんで伊吹文科大臣のみ招いて弁明などさせるのか? Bそれに対して反対意見を言う人はなんで招かないのか? CNHKを初め大マスコミは、この件についてこれまで国民にきちんと情報を伝えてこなかったが、なにゆえ採決が終わってから結果だけ知らせるのか? D視聴者からお金とってやっているのに、政府の宣伝ばかりで、なにゆえ一般の人々の生の声を伝えないのか? あいかわらず安倍元幹事長や中川さんのご機嫌ばっかりうかがっているんじゃないの?という点についてです。
民主主義社会においては、支配力をもつものはチェックされて当然なんですよね。おかしなことがあったら、きちんと言ってやりましょう。NHKコールセンター:電話0570−066066、FAX 03-5453-4000
Posted by ichiro at 2006年12月25日 10:46
こんにちは、てらおです。
いつも、お世話になっております。

今朝、出勤途中の書店で『週刊金曜日』を購入しました。

その中で、医師の鎌田慧氏が『教育基本法』の改悪について、寄稿しているのですが、色んな意味で中々、興味深い記事でした。

記事の中で、メディアのこの問題に対する扱い方についても、少し、書かれていたのですが、私がその時にとても思ったのは、ただ単に審議を通過した、という情報を流すのではなく、色んな角度から、この法案の審議の是非を国民自身に考えさせ、議論をぶつけ合う機会がもっと必要なのでは?と思いましたし、仮に法律が施行された、としても、こんな穴ぼこだらけの法案では、すぐにボロが出るのは、見え見えです。

国民が知るべき正しい情報を一切、流していない、という意味では、マスコミも共犯です。

私の旧知の友人に小学校の教員をしている人がいるのですが、先日、その友人一緒に飲む機会があり、その時に彼女がふと、『17日に国会を通った教育基本法は教員にとっては、正に`踏み絵´だよ』とつぶやいていましたわ。
Posted by てらお あやこ at 2006年12月25日 16:16
光延さんからのご連絡により、このサイトにアクセスさせていただきました。
誠に無知で申し訳ありません。
私は、今回の教育基本法の改正については何も情報を読んでおらず、内容を知りません。
そういう意味でコメントする資格はないかもしれません。
ただ、このサイトの書き込み全体が、私の感覚では、たいへん感情的なもので、あまり私には説得力がありませんでした。
基本的な情報をきちんと整理して掲載していただくと運動も広まるのではないでしょうか?
憲法や法律というものを扱う姿勢として、このような感情論だけでは無理だと思います。
また、カトリック教徒の立場としても、淡々と理性的に進めてくださればと思います。
Posted by 三木淳子 at 2006年12月26日 12:53
おっしゃる通りたいせつなのは、ことの本質の究明ですが、理解やコミットの度合いに応じて感情の温度差はどうしても生じます。

問題の渦中に入り、ことの重大さが解れば解るほど、発動される思いも理性だけでなく情熱をも含むようになることはあるでしょう。

イエスが、神と人間の間の根本問題の渦中に自発的に入っていったとき、彼は「神殿きよめ」の出来事をひき起こすほど「情熱」的でした。パッション(受難)は、パッション(情熱)によってなしとげられたとも思います。

それは、顔をもたない組織や構造が、静かにいつのまにか人々を支配していくのとは全く逆のやり方です。

法律というものも、そもそもそういう感情や情熱をももった人間同士が、互いのかかわりを調整するためのものなのですから、反理性的であっては困りますが誠実であるならば、あらゆる人が自由に思うことを自分の言い方で語るべきだと思います。そうしてこそ、最善の共通理解も見えてくるのでしょう。

全体の印象が、ややのぼせているというご批判は率直に受けとるとして、でもイエスにならって自分から渦中に入っていかねば何も解らず、そのまま押し流されていのちまで失ってしまうこともある、とも言わせていただきたいです。
Posted by ichiro at 2006年12月26日 20:51
確かにカトリックにしては熱のこもったプログだなあとは私も思っていたので、三木様のコメントも、わかる気がしました。でも、その熱さゆえに、自分もなにかしないといけないのかなあと思い、昨日は生れて初めてコメントをプログに書き込みました。中年の主婦にとってはけっこう勇気のいることでしたが、たぶんプログを立ち上げた方はもっと勇気がいったんではないかと思って。自分は6月にイエズス会社会使徒職委員会から出されている「憲法・教育基本法改定をを考えるー福音的視点からー」というパンフレットを買って難しかったけれど大切なことだと思って夏の間に1日1ページずつ読みました。よくわからないところも
ありましたが、このまま何もしないと憲法改正までいってしまいそうだということだけはわかりました。教育基本法と憲法の改正について理性的に解説してあるので、もしもまだ入手しておられなければ、入手してお読みになれれれば、背景がわかるのではないかとおもいます。といっても自分はよくわかっているともいえず、ただ、この問題についてちゃんと意見が持てるよう勉強したいとおもうきっかけになった、としかいえませんが・・。要領をえないコメントですみません。

Posted by 上田圭委子 at 2006年12月26日 23:23
主のご降誕お喜びもうしあげます!
この世に、そして私たちの内に与えられお生まれになったイエスを、大事に大事に抱いて歩んで行く強さと恵みを祈りたいと思います。

クリスマスなのですから、この喜びを先ず、分かち合いましょう。法改正の議論も重要ですし、まさにその為にここで意見を交換しているのですが、私たちは「けんきょ『カト』連」なのです。釈迦の耳に説法ですけど、私たちは信仰によってここに集っているのだと胸を張りたいのです。

私たちがキリスト者として生きてゆく事と、政治の問題は切り離す事ができないと思います。信仰が、個人の内面の問題であるだけでなく、共同体的・社会的意義を持つものである以上、私たちは一市民としてもキリスト者としても政治の問題に関心を持たざるを得ません。

教育基本法、憲法の問題に留まらず、私たちの直面する政治的課題はとても多いと思います。こういった一つ一つの問題に対して、私たちが信仰によって集い共に声を挙げるという意味は非常に大きいのではないでしょうか。

しかし同時に、信仰や宗教(または教会)が個人の政治的意思を強制する事は避けねばなりません。私たちが如何にして、この世にあってキリストの道を歩み続けるのかという問題を共に考える場こそ今まさに必要なのだと思います。この建設的な議論の場が、同時に祈りの場となるよう務めてゆきたいと思うのです。

今日は12月30日です。テレビのニュースを見ても、もう殆ど教育基本法には触れません。あまりに多くの重要な出来事が、一瞬の興味の対象として盛り上げられ、そして忘れられてゆくのです。デパートを見てみても、クリスマスが終わった瞬間に、お正月商戦、早いところでは2月のバレンタインデー商戦が始まっています。

過ぎた事、終わった事として、どんどん目新しいものに目が移りゆくように仕組まれているような現代日本ですが、私たちは、何が重要な問題なのかを見極める必要があると思います。

その為には、情熱(パッション)も必要ですし、冷静な判断も必要です。

例えば教育基本法は、改正前が良くって改正後(改悪、といいましょうか)が悪い、という議論も必要だと思います。それと同時に、キリスト教的な教育基本法の様な、キリスト教的な人間観みたいなものについて考察する事も必要でしょう。これによってこそ、教育基本法という社会のルールに相対的にアプローチできると思います。その為には、冷静な判断と、情熱が必要なのです。

この、二つの試みを為して行く場として本ブログ並びにけんきょカト連が機能してゆく事ができたらすばらしいなぁと思います。
Posted by canisius at 2006年12月30日 23:04
こんにちは、ご無沙汰していました。以前「競艇場から見た風景」を運営していた makuri です。以前のブログはトラブちゃいまして閉鎖に追い込まれてましたが、ブログ名を「散歩道」に、ニックネームも zundere に変え、数日前から密かに復活しました。
以前のブログで、大変お世話になりましたので、遅くなりましたが、ご挨拶に伺いました。
また気が向きましたらお付き合い頂けたら幸いです。

またリンクして頂いている「競艇場から見た風景」は、URを乗っ取られたもので、私とは全く関係のないブログです。
出来ましたら、お忙しい中お手数をお掛けいたしますが、リンクを外して頂くと幸いです。
宜しくお願い致します。
でわ。
Posted by zundere at 2008年07月30日 11:24
私は,憲法は改正されるべきではないと強く考えていますが,それはカトリック信仰とは直接には関係ないように思います。
もしカトリック信仰と関係があるのなら,我が日本国憲法からすると許されない現実がある国(隣国すべてが該当します)は,憲法規範的に許されない状態にあるわけで,もし憲法規範が普遍的なものであるなら,我々は,より日本国憲法の規範に違反している隣国に異議申立てをしなければならないはずです。しかし,そのような馬鹿げたことは誰もしようとしませんし,するべきでもありません。

言いたいことは,憲法それを実体化した教育基本法等々は,カトリックの信仰より下位の存在であり,決して逆ではないということです。
このことは,当たり前のことですが,時に一部の方々は忘れているかのように見受けられます。

特に,聖職の方々におかれましては,上記のことをしっかり認識していただきたいと願います。
そうでないと,カトリック教会は,多くの信徒(サイレントマジョリティー)の信用を失い,信仰共同体としての存在意義すらなくなってしまうことになるでしょう。

以上のことは,教会が社会活動をすべきではない,と申しているわけではありません。念のため。
Posted by たまごぼーろ at 2009年03月29日 20:55
あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。こうして、ひもじい思いをすることもなく、寒い思いをすることもなく、お正月を迎えられることを、神様に感謝したいです。同時に、困難な状況の中で新年を迎えているかたがたの上に、主の豊かな恵みと祝福をお祈りいたします。昨年は、私もブログを作ろうかなあと考えていたのですが、不特定多数のかたがたに向って一方的に語りかけるやはり自分の性格に向いていないかなとおもい、悩んでいたところ、とある駅前でアムネスティに勧誘され、以前から興味があったこともあって、入会してしまいました。今年からは、地道に葉書を書くことで、少しでも世界の中で、義が行われないために不当な扱いをうけている方々に思いをはせつつ、神の義の実現を祈ってゆきたいです。自分でブログを作るよりは、そのほうが、より自分らしい活動かな、と、今のとこ、思っています。では、今年も、みつのぶ先生や、皆様のうえに、主の豊かな祝福を、こころよりお祈りいたしています。お忙しいと思いますが、またなにかあったら、今年もたまには更新していただけるのを期待しています!
Posted by 上田圭委子 at 2010年01月05日 11:38
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