2007年06月10日

G8サミットとドイツの報道の姿勢

0,6752,5976230-render-U3-,00.jpg0,6752,5973404-render-A6-,00.jpg (ドイツZDFより)
 G8サミットについて、二酸化炭素の削減のことや北朝鮮問題ばかり報じている日本のマスコミと、ドイツ本国やバティカンの報道は、かなりアクセントが異なっているなと感じます。議長国ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、「わたしたちは重要な討議を実り多く重ねましたが、そのメッセージは、『責任を自覚し、その義務を果たす』ということです」と総括しました。メルケルさんは、東ドイツで働いていた牧師の娘であり、物理学から政治に転じた方であるだけに、論理と良心において信頼の置ける方だと思います。教皇ベネディクト16世との約束もこの点で誠実に実現を求めてくれたと思います。
 バティカン放送はこれに対して、G8サミットは「一つの積極的なしるしを据えた」と語っています。特にそれは、「アフリカの成長への責任のために、G8諸国政府がパートナーとして、エイズ、マラリア、結核などの医療のために440億ユーロを拠出することを決めたという点が評価できる」とされていました。バティカンのスポークスマン、フェデリコ・ロンバルディ神父は、G8サミットを次のように総括しました。「G8サミットは、一つの積極的なしるしを据えた。それは、環境の悪化を防ぐということだけでなく、アメリカとロシアの関係、開発途上国の飢餓にも手が差し伸べられるという点においてである。最後の点について、カトリック教会は、『正義と連帯と世界全体にかかわる共同の善に則りながら、人間的な発展が成果をみるように、持続的で環境にも配慮した経済が展開されるように』と呼びかけたい。教皇ベネディクト16世は、昨年暮れ以来、メルケルドイツ首相との書簡交換において、G8サミットにおいては、貧困・病気・世界市場における正義を、またアフリカの緊急な必要を想起するようにと訴えてきた。サミットをひかえたこの数日間は、さらに、すべての人々の教育のための援助がなされるようにとアッピールなされた。『発展』とは、決して物質的な富裕さに尽きるものではない。それは、人が文化的・倫理的・社会的に育成されることを通して得られる人間としての成熟、すなわち、自分たちの将来を互いに手に手をとりあって形成していく責任を引き受けるための能力に基づくものであろう。そうであることによってのみ、発展は人間の尊厳にふさわしいものとなるし、また新たな文化殖民地主義や経済・政治的な帝国主義と無縁でありうる。カトリック教会は、その面で経験があり、諸国の政府や機関がこの点になす働きに対しては共同の協力を惜しまない」…とのこと。
 ドイツの第二公共放送《ZDF》は、アフリカへの援助決定についてや、強者のグローバル化に反対する人々のようすや無事に警備を終えた警察のようすなどを伝えています。ドイツの警察というのは、制服も草色だし、なにかとスポークスマンがコメントするし、日本のかたくるしい四角四面の警察のようなものとは違うものであろうとしていることは明らかですね。この点も、戦前の歴史=ナチ・ファシズムをいかに精算してきたかの違いでしょうか…。Videoの部分およびMediathekをクリックするといろいろ映像がでてきます。右側のMediathek、上から二つ目"Gegen G8:Gewalt und Gespraeche"が興味深かったです。↓
ZDFG8サミット特集》
 同じ放送局は、日本の従軍慰安婦問題も安倍首相との関連を含めて、正しく報じています。↓
ZDF『外国ジャーナル』(5/31放映)『慰安』婦たちの『悲嘆』−従軍慰安婦をめぐる争い(頁の右にある:Video Trauer der Trostfrauen(「慰安」婦たちの「悲嘆」)をクリックすればビデオが見ることができます)→テキストの邦訳は以下に↓
『慰安』婦たちの『悲嘆』−従軍慰安婦をめぐる争い
posted by みつのぶ at 01:12| 東京 ?J| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記