2007年06月01日

良心は、「共に+見知る」真摯さから

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「反省」・「悔い改め」が「良心」を健全に働かすために必須であるということについてですが、それは「良心」というもののなりたちからそう言いうることのようです。日本語では、「良心」と「良」の字が初めから入ってしまっていますが、西洋の言葉、その思想では、英語の”conscience”などラテン語系にしても、ドイツ語の”Gewissen”やギリシア語の”syneidesis”にしても、「共に」+「見知る」というのを原意とするようです。間主観的に多くの者が共同で一つの対象を見とめて、そこからその事実を「自覚する」ということなのでしょう。だから、その自覚は、初めから「良い」か「悪い」かが決まっているわけではなく、西洋語では”to have a good (あるいはbad) conscience”とも言われるそうです。つまり良心とは、人間が、その場その時に、実践的になすべき行動について判断し、事前には勧告や警告を、事後には訴えや安心を与えて理性を導きますが、これはあくまで個人的・主観的なことなので、当人の得ている情報や知識、価値観などにより、「間違いうる」ものです。それが、”to have a bad conscience”の状態。西洋中世の格言は、「良心に背いて行動すれば、それは必ず罪である。しかし良心に従って行動しても、必ずしも罪を犯さないとは言えない」と言います。もしやむを得ない誤りがあったなら、その行動は客観的には間違っているけれども、倫理的に罪にならないこともある。しかし避けうる誤りを避けなかったなら、それへの責任から罪となる。いずれにせよ、人間は真理を全面的に知っているわけではないから、やむを得ず誤ることはある。けれどもしかし、常に真理に即して行動することは求められている、ということですね。
 さて産経新聞によれば、「新しい歴史教科書をつくる会」は、扶桑社から関係解消を通告されたため、別の発行元を探すこと、また、扶桑社の教科書のためには「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」(教科書改善の会)が発足するそうです。この人たちの主張がどんなことなのか、一度サイトをしっかり見ておきましょう。この人たちは、日本という国がかつて何をやってきたのかを真剣な共同の歴史研究によって知り、それによってこれからのアジアや世界との良好な関係を模索しようという「良心」に従った行動を故意に拒否し、客観的な事実と自己の真の姿から目を背けることに安住しつつ、さらにその欺瞞をこれからの日本人たる子どもたちに刷り込もうという邪な野望において、度しがたく”to have a bad conscience”な人々だと思います。↓
「新しい歴史教科書をつくる会」ホームページ
 ちなみにこの人々とは対極にあるのが、かつての戦犯の身の上から心をあらためて、”a good conscience”(良い「良心」)をとり戻された「中帰連」の人々でしょう。↓
季刊・中帰連WEB
 現代の視点から、”a good conscience”をもちうるように、人々と共同でものごとを見知っていこうと真摯に努力されている方々の催し案内です。↓

原発(六ヶ所村)・死刑・修復的司法・沖縄集団自決・慰安婦・靖国・死刑・君が代不起立問題に関する催し
 安倍政権は、あいかわらず強行採決をくり返していますが、そもそも知る努力などはしないようですので、もともと「良心」などとは無関係なようです。↓
強行採決が続いている国会から(保坂展人のどこどこ日記 5/31)

posted by みつのぶ at 23:38| 東京 ????| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記