2007年06月30日

「君が代不起立」とフツウの人々

0627-02.jpg (上智大学で『君が代不起立』の河原井純子さん)
 水曜日の聖イグナチオ教会でのお話で、根津公子先生が「今、学校では、君が代・日の丸の問題どころか、『平和』教育』なんていう言葉すら口にするのがはばかれる状況だ」とおっしゃっていたのが印象的でした。処分や内輪から仲間はずれにされるのが怖い、波風たてず、ともかく穏便に今日の日が過ぎていくように…、という多くの人々の本音が、そういう雰囲気をつくってしまっているのでしょう。でも、こうしたひとりひとりの小さなな怠りは、やがて巨大な不正義の洪水となり、いつしか自分もその災禍に巻き込まれてしまうことなのに!
★ 上智大学に来るくらいの学生であっても、本ブログが取りあげているような問題に関心や興味を持つ者はごく少数です。第一、近現代の歴史について何も知りません。知らないから興味も問題意識も生まれないのでしょう。高校までで、歴史を学んでクリティカル・マインドを養ったなんていう学生はほとんどいないようです。小林よしのりのマンガや2ちゃんねるなどで得た「サヨク蔑視」情報を鵜呑みにしている学生もやっぱり一定数いるようです。
 たとえば、こんな反応です…「国旗・国歌をないがしろにする教員を私は全く理解できません。国内的にも国際的にも認められている君が代・日の丸を軽率に扱うことは道徳的にも納得できません。あの女性教員は社会的儀礼を拒否することを正当化していました。では、生徒たちも同様に彼女の授業を拒否できるのでしょうか。もし生徒たちが『思想・良心の自由』を盾に彼女を師とすることを否むのなら、それはゆるされるのでしょうか。私はNOだと思います。私は、彼らの多くが日教組に所属し、教育現場を『不当に支配』してきたことを知っています。日本の教育を崩壊させた責任の一端は彼らにあります。彼らの多くは石原都知事を全面否定するでしょうが、暴走する彼らから公立学校を守るためには処分も当然でしょう。彼らは不偏不党・公正中立を是とする公務員です。それが『思想・良心の自由』を拡大解釈し、生徒を洗脳していく姿は、『子どもたちに自分で考えさせる』などという言葉で美化できません。もし国旗国歌を否定したいなら公立学校ではなく、私立のそういう方針を持つ学校に行くべきです。もっとも国のシンボルを軽んじる人間が世界の人々認められるかは疑問ですが」…、みごとに支配者の論理が刷り込まれています。
 別の反応…「中国などで教えられる歴史なんてほぼ都合のいいように変えられているであろうし、それをうのみにするのは『教育者』としておかしいのではないでしょうか。きみがよで起立するのはあたり前だと思います。会社員が上司にこの仕事をやってこいと言われて、私はいやです、なんて言ったらどうなるかと思います。サッカーの試合などで日本代表を応援するときなどは君が代をうたったり、国旗にほこりを持ったりするくせに、こういうことになればこうなってしまうような日本人は考え直すべきだと思います。そもそも国旗国歌で戦争を思い出すなんて短絡的だと思います。私は戦争を美化する気はさらさらありません。戦争はなくなるのがベストだと思います。大人になればやりたくないことをやらなくてはいけないということもたくさんあると思います。ただそれでいやだからって断るのは子どもだと思ってしまいます。なぜそんなことをしなくてはいけないんだ。いやでもしなくてはならないんだ、と考えるべきだと思います」。…こういうメンタリティーは、戦時中、中国で上官の命令だからと暴れまわった日本兵から進歩しているのでしょうか?
 もちろん多少の混乱も含みながら、根津先生たちに賛同する学生もいます…「『君が代不起立』で、思想の自由を訴えていた女性教師の主張にはおかしい所はありません。あのドキュメンタリー映像は、思想の自由を保障していながら、実はある程度の拘束を行っていたという、日本における表面的な思想の自由を鋭く示唆したものであるのです。私はこのような『思想への拘束』は、かつての日本の歴史において『思想の力』がもたらした影響の大きさについての恐れを日本がぬぐいきれないところからくるのではないかと思います。そして私はその最も強力な力が「キリスト教信仰」だったのだと思います。戦後、日本は宗教などにおいての『自由』を選びましたが、なぜいまだに『拘束』という道をつらぬこうとするのでしょうか?歴史の体験を生かし、『自由』の道へ転換して欲しいです」。…ともかく、テレビやマスコミ、ネットの断片情報にふりまわされ、一つの事象の背景や他とのつながりについてじっくり考えるゆとりも素養ももたない大学生を見ていると、憲法、というより平和で人間らしい世界の建設の前途はほんとうに多難だなと悩みます…。↓
悩みながら―「君が代不起立」根津先生の訴え(JANJAN 6/27 ひらのゆきこ記者)
『君が代不起立』の上智大学上映会 / 都教委糾弾「免職取り消し」裁判報告! / 6月23日の沖縄戦没者追悼式で、沖縄尚学高校付属中学2年の匹田崇一朗君(13)が朗読した平和の詩「写真の中の少年」全文 / 日本国憲法をめぐるたたかい―日本の民主主義は始動した―青 英権 (撫順の奇蹟を受け継ぐ会)
★ 米下院で従軍慰安婦不問題について、いったい何が決議されたのか、確認できます。↓
慰安婦問題に関する米下院外交委の決議案全文
「慰安婦」問題の米下院委決議・断罪された(しんぶん赤旗 6/28)
 主権者であることを「人類の多年にわたる自由獲得の努力(を)…幾多の試練に耐え」(憲法97条)て、受け継ごうとしぶとくねばる方々、がんばってください!
愛媛「つくる会」教科書 “元祖・本人訴訟”の最終弁論(JANJAN 6/28)
 大学生には、石原映画だけでなく、こちらも観て目を見開いてもらいたい。事実さえ見知れば、若い人々は変わりうると期待してます。↓
映画「TOKKO 特攻」−「日系2世の女性」が撮った 「特攻隊」ドキュメンタリー
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2007年06月27日

安倍政権への世界からの不信任決議

photo131900.jpg (写真:JANJANより)
 今夕、東京・四ツ谷の聖イグナチオ教会で、『君が代不起立』の根津公子先生のお話をうかがい、とても感慨深かったです。が、それは明日にでも報告させていただくとして、今日はともかく従軍慰安婦問題。…ここに安倍政権の根本的な暴力的体質が、いかに隠しても、隠し切れずににじみ出てきてしまうのだと思います。日本人はなにかと内向きになり、出口のない島国根性で自己規制をしてしまって、それがいつも全体主義の温床となってきたと思いますが、外から見れば、それはやっぱり正気の沙汰ではない集団意識でもありうるのだということをはっきり自覚すべきだと思います。米下院は、おそらく本会議で決議するでしょうが、この決議はどうみても「戦後レジーム」を勝手になし崩しにしようとする一派のモラルに対する明確な"NO"ですね。ここまで言われて、日本国民は自分で判断して安倍への"NO"を言うのか、(それでもやっぱり)言わないのか…。

従軍慰安婦問題 国会前でスタンディング(JANJAN 6/26)

米下院外交委議長と下院議長の意見表明
ラベル:従軍慰安婦 安倍
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2007年06月25日

「空の手で」金とパワーの抑圧に静かに抵抗

07060666.jpg (「停職出勤中」の根津公子先生)
★ お誘い:根津公子先生との分かち合い
君が代の強制に静かに立ち向かい6ケ月の停職処分を受けている根津先生をお招きしてお話をうかがい、懇談のときをもちます。是非ご参加ください。

日時:2007年6月27日(水)18:45−20:30

場所:カトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)信徒会館203B室
JR・東京メトロ四ツ谷駅下車すぐ、上智大学手前)
参加費無料・申込み不要
連絡先04−7153−4892岩田(カトリック麹町教会メルキゼデクの会) 
根津公子の「07停職出勤日記6月」

 同じ日時にとなりの上智大学でも、ドキュメンタリー映画『君が代不起立』上映会があります。
ドキュメンタリー映画『君が代不起立』上映会With English Subtitles
日時:2007627(水曜日)17001930
場所:上智大学(四谷キャンパス・中央図書館9L921号室)
参加無料・事前登録不要
上映時間87分&河原井純子さん(東京都教員・停職処分中)たちとの質疑応答

★ 教育基本法改悪の具体化である「教育三法」、改憲手続き法である「国民投票法」など、今国会で安倍政権が犯した強行採決は、なんと19件に及ぶそうです。この政治手法がその政治実体そのものを表しているのでしょう。↓
会期延長は安倍総理の「国会私物化」(辻元WEB 6/21)
★ ワシントンポストに従軍慰安婦問題についての意見広告を出した「有識者」たちの名前・略歴を東本高志さんが知らせてくださっています。どれも札付きの方々ですね。↓
有識者リストも付加しました〜ワシントンポスト紙全面意見広告賛同者 (東本高志@大分より)
posted by みつのぶ at 22:50| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月23日

今日は「沖縄慰霊の日」

SatoukibiOkinawa.jpg (Mr. Morita's Homepageより)
 今日623日は「沖縄慰霊の日」。司令官牛島中将らが自決して組織的な抵抗が終結した日だそうです。しかし、軍は徹底抗戦を呼びかけていたので、この後も多くの人々が死傷したそうです。映画『ひめゆり』の中でも、爆弾で吹き飛ばされたり、自動小銃で撃たれた方々の話がでてきましたし、『パッチギ Love & Peace』でもヤップ島の空襲場面が精巧なCGで描かれていて、観ているわたしは激しい恐怖感を覚えました。平常の生活においては、殺人事件などというのは蛇蝎のごとく嫌われ糾弾されるのに、国家公認の大量破壊虐殺活動である戦争というものが現実にあった、今もある、というのは冷静に考えればつくづく「ありえない」ことだと思います。住民95千人を含む24万余人の日本側犠牲者(米軍12500人)をだした沖縄戦、アジアだけでも2千万人以上が犠牲になった日本が始めた戦争というのは、本当にとんでもない国家テロだったと思います。
沖縄県議会「集団自決」意見書可決 本会議、全会一致
沖縄戦関係資料室
 そういう戦争へと日本を導いた同じ志向と勢力が、「食いっぱぐれないこと」・「安全であること」・「生きていくための知恵を身につけること」という、国民の最低限の願望であり、それゆえそれを握れば国民を思うままにコントロールできる「経済」・「軍事」・「教育」というものの支配を着々と進めています。イラクでの戦争協力を続行させる法律が無条件で通り、同じ日に教育3法も強行採決されました。「君が代ピアノ伴奏拒否」の最高裁判決に続いて、「君が代・日の丸」起立斉唱という踏み絵を踏まずにお上に逆らった者たちを、嘱託採用不合格という陰険なやり方で排除した措置に何のおとがめもなしとの判決も出ました。日本の憲法って、いったいなんのためにあるのでしょう? 破られっぱなしだし、それを糾すのにすら膨大なエネルギーが要る。国権の最高指導者をはじめとして、さまざまの場面でこの「最高法規」が平気で踏みにじられても、肝心の司法は知らぬ存ぜぬ、我関せずです。どうしてドイツのように憲法裁判所がきちんと機能しないのでしょう?どうして国民が自分の国に生きることの最も基礎的な約束事にすら信頼と安心をもつことができないのでしょう。「フェアー」であることは、人間が共同生活していくための最低条件ですが、それがちっとも実感できない国です、この日本というのは。参議院選挙の「The争点」とは、辻元清美さんが言ってましたが、たしかに「年金」でも「憲法」でもなくて、「安倍でよいのか?」ですね。
「君が代」強制解雇裁判、不当判決!(湯本雅典撮影編集・YouTube配信)
教育関連3法案の成立に当たって(社会民主党党首福島みずほ談話)
「君が代」不起立 解雇裁判元教員の請求棄却 東京地裁判決 (しんぶん赤旗 6/21
広島平和研究所・浅井基文氏 5・3日比谷憲法集会での発言全文 
posted by みつのぶ at 18:06| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月20日

不当な人権侵害にパッチギ(頭突→へだてを向こうへ越えていくこと)!

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 教育関連3法、またしても強行採決。怒りは静かに腹におさめて、熟慮し決意した息の長い抵抗へとかたちを変えていくほかはないのでしょうね…、今のところ。委員会のようすと、戦時中、カトリックも含めて多くが妥協した中で、政府に対してきっぱりとした態度をとって弾圧されたキリスト教教派の記念集会のお知らせです↓
教育関連3法強行採決/ホーリネス弾圧記念聖会について

社説:「安倍教育改革」 行く末に不安が膨らむ(秋田魁新聞6/20)
 アメリカの良心を保っておられる方々。クッシング神父は、一昨年の長崎原爆記念諸宗教の集いでお見かけしたことがありました。静かにすべてを投げ打ったアシジのフランシスコのような敬虔さを感じさせる方でした↓
米国にも「9条の会」 オーバビーさんに聞く(JANJAN6/17)
パックス・クリスティ(キリストの平和)ジョージア支部クッシング神父の安倍首相への書簡
★ 映画:『パッチギLOVE&PEACE』を観たのですが、今回は、”石原特攻隊映画”のごときものを引き合いにだしたりして、井筒監督、そこまでやるか…というほど、平和についての非常にはっきりしたメッセージが込められていると思いました。…だから上映している劇場も少ないのか?? それにしても、映画の中の在日家族の結びつきと生きる気力は、わたしのまわりの日本人たちからは失われてしまっているように思えて、うらやましく思いました。その意味でまさに「ラブ&ピース」がテーマだったと思います。総連のビル事件、たしかに意図的なキャンペーンを感じます。
東京地裁の判決と関連 朝鮮総連中央・南昇祐副議長の談話(朝鮮新報6/20)

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2007年06月19日

「従軍慰安婦意見広告」への反発。うその災いは自分に帰ってくる(聖書)

? 115.jpg (殉教地・根獅子の浜を見つめる聖母像−平戸島)
 意見広告は、やぶへびだったようで、アメリカでも反発されているようです。
ワシントンポスト「従軍慰安婦意見広告」にチェイニーら反発。「5つの事実」の要約とコメント、署名者とFAX番号。盧溝橋事件70周年記念・「過去を見つめ未来を考える」講演の夕べ
 教育関連法案は、またしても強行採決されてしまうようです。教職員組合のみなさまごくろうさまです。
「都教委包囲首都圏ネットワーク」より教育関連法案に反対する集会報告
 改憲反対の歌がいくつも集められています。歌詞だけのもあり、直接聴けるのもあり。「じゅんとネネ」のネネさん、『マガジン9条』でもがんばっておられますが、デュエット再開ですかぁ〜、スゴイなぁ。九条ネット・うた&
ラベル:従軍慰安婦
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2007年06月17日

ワシントンポストへの「慰安婦強制性否定」広告について。平和は悔い改めて心を透明にせねば築けません!

the Facts.jpg (「慰安婦強制性否定」の全面広告記事が載ったワシントンポスト紙)
死刑制度について問題提起している映画『デッドマン・ウォーキング』を再見したのですが、死刑囚のマシューは、あれこれ抜け道を探し、(家が貧しかったとか、つき合っていた友達が悪かったとか、薬をやっていてメロメロだったとか、…結局、自分はいつも犠牲者であったと)自分の責任を他に転嫁して、自分がやったことを否定し続けます。けれども、死刑の時刻が近づき、母親や弟たちと最後の面会をした後、「死ぬ前に本当のことを言って」と切願するシスター・プレジャンに、とうとう「自分がやった」と告白します。家族とシスターの愛に気づくことができたからでしょう。「昨晩、生まれて初めて神に祈った、被害者と家族のために」と言うマシューに、シスターは「よかった、今、あなたは『神の子』よ」と励まします。「『神の子』だなんて、誰にも言われたことはなかった。人を本当に愛したこともなかった」と涙ながらに、被害者家族に詫びながら死刑に臨むマシューについて、DVDのコピーには「そのとき彼はもっとも人間らしい顔をしていた」とあります。いっしょに観ていたある人は、「人は、自分が罪人だっていうことは、実はみんなよく知っているけれど、しかし神さまがゆるしを与えようと待ち構えておられることは、ほとんどの人が知らないか、知っていても実は信じようとしていない」…と感想を述べていました。 ヤスパースは、ドイツ人の戦争責任を「刑法上の罪」・「政治上の罪」・「自分の良心に対する道徳上の罪」、そして最終的なものとして、神とか絶対者に対する「形而上の罪」に区別し、それぞれに浄めの償いをなすべきことを訴えます。人からゆるされたりゆるされなかったりするその根底で、最終的なゆるしと和解を得るためには、結局、この最後の次元を無視することはできません。これを無視し、最後まで自分の罪を否定し続けて死んでいくならば、その罪人が入っていく先は、心を最終的な「汝」に打ち明けることができなかった一人ぼっちの「永遠の孤独」である他ないでしょう(…それを「地獄」と呼びます)。罪とは、つまり根本的には、人間が「形而上」の存在を無視し、自分のエゴを絶対化して、そのエゴを神とするところに生じるものなのです。…そのとき、この人間は「神なし」で生きており、それはすなわち「自分が神である」と思っており、それゆえ自分はなんでもできると錯覚し、そこで小さな嘘からアウシュビッツや日本軍の「三光」作戦にいたるまで悪事の大渦に巻き込まれていきます。今回の広告を出した者たちは、いったいマシューのような「人間らしい顔」をしているでしょうか。彼らは国会議員や著名人となり、権力の味をしめたのでしょうが、このように増長し、多くの証拠を無視して歴史を歪曲してまで強がろうとする先にあるのは、前農林相が入っていったのと同じ、最も寂しい闇の孤独でしょう。このような強がりは、ガラスのように脆いもの。事実の前に頭を垂れ、悔い改めて、心を真理に開くことを知らぬこうした人々がやろうとする政治も、結局、脆い闇のわざでしかないでしょう。ほんとうに、こうした闇がそこらじゅうにはびこる日本の政治がなんとか浄められるよう祈らずにはおれません。
日本の国会議員ら、米紙に「慰安婦強制性否定」の全面広告(AFP)
「美しい壺日記」ブログより:広告記事全文と翻訳
 朝鮮半島のメディアからはさっそく非難の声があがっています↓
ワシントンポストへ広告をだした国会議員名、韓国紙の論評
〈論調〉 無能でぜい弱な安倍政権(朝鮮新報 6/16)
〈論調〉 国連地位を占める資格ない (朝鮮新報 6/16)
ラベル:慰安婦 歴史修正
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2007年06月15日

東京都教育委員会の「君が代・日の丸」強制控訴審始まる

? 021.jpg? 020.jpg (「踏み絵」取締り…長崎奉行所のお白州=長崎歴史文化博物館) 「予防訴訟」って何ですか?
昨6月14日に東京都教育委員会の「君が代・日の丸」強制についての「予防訴訟」高裁(控訴審)第1回法廷がおこなわれたそうです。昨年9月21日に東京地裁が、これは憲法違反であるとの判決を出したのに、都側は控訴し、その第1回の審理が行われたわけです。400人以上の原告団ということですから、弁護士さんが映像の中でおっしゃる通り、今後の教育や憲法問題の行く末にとってたいへん重要な裁判ですね。

東京「君が代・日の丸予防訴訟」控訴審開始(しんぶん赤旗 6/15)

日の丸・君が代をおしつけないで〜予防訴訟控訴審はじまる(ビデオプレス・湯本雅典・YouTube配信)
君が代・日の丸による人権侵害市民オンブスパーソン
 たしかに改悪された新教育基本法には、外国人の児童・生徒への対応がまるで欠けています。
在日の子どもに配慮を 文科副大臣に要望書提出(民団新聞 6/13)
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2007年06月14日

ドキュメンタリー映画:『ひめゆり』

s-400himeyuri-poster001'.jpg (「忘れたいこと」を話してくれてありがとう。「忘れちゃいけないこと」を話してくれてありがとう…)
「ポレポレ東中野」で上映中のドキュメンタリー映画『ひめゆり』を見てきました。沖縄に行った人ならたいてい訪れる「ひめゆりの塔」や「ひめゆり平和祈念資料館」摩文仁(まぶに)の丘「沖縄県平和祈念資料館」をわたしも3年ほど前に見学して、沖縄の自然や文化とともにたいへん鮮烈な印象を受けたので、これはぜひ見たいと思っていた映画でした。香川京子さんや吉永小百合さんという名女優が出演した昔の劇映画も見ていましたし…。「さとうきび畑」の歌も好きですし。今回の映画は、全編ほとんど、実際にひめゆり学徒であった方々へのインタビューの答えという形の作品でした。監督の柴田昌平さん13年がかりで収録した映像だそうですが、ナレーションもなし、ただお話の合間に入る風景と音楽が美しかったです。出演のみなさんが、ちょうどわたしの母と同年輩ということにも、なんとなくなじみがありました。わたしの母にも「ひめゆり平和祈念資料館」に展示されている写真の少女たちと同じ頃があったのか…とか。ちなみにわたしの母は、東京大空襲を屋根から恐ろしく見ていて、翌日学校に行く道で焼死した方々の惨状も目にしたそうです。元ひめゆりばーばたちのお話には、迫真の力がありました。聞くのがつらいほどの内容ももちろんありますが、わたしとしては、将来への責任として聞いておかねばならぬと思い、一生懸命耳を傾けました。もうしばらくしたら、この方々も帰天されてしまうのだから、なんとしても、今のうちにお話を記録しておかねば…、という監督の意気込みにひきこまれました。この映画でひめゆりの方々からお話をうかがった人は、もはや戦争を肯定できないと思います。人が人を殺すことから起こる全く非人間的な事々は、もう本当にこれっきりにせねばならぬと思います。だれに見てもらいたいかといって、いの一番は安倍首相ですね。「これが、あなたの尊敬なさるおじいさまたちが始めた戦争の結果ですよ。あなたは、これを見て、人間としてなにを思われますか?『自衛軍』をつくって、またこれと同じことを、おじいさまと同様、人々に強いるのですか?」。ひめゆりたちは、「やまとなでしこ」として虜囚の辱めを受けず潔く自決せよ、と教育されたそうです。捕虜になったら、必ず辱めを受けると。いいえ、アメリカ兵は、人道的に扱ってくれました。彼女たちが恐れていたことを中国をはじめ、そこらじゅうでやったのは、日本軍の方でした。つくづく「泥棒を最も恐れるのは、泥棒自身だ」との諺通りですね。日本国憲法は、こうした事態、いや、そんなことをなしうるモラルのなさへの反省から、日本人が新しい人間になろうとしてつくられたのです。その決心を取下げることは、できません。沖縄という土地の魅力なのか、修学旅行で行ったからなのか、若い人々がわりとたくさん見ていてたことに慰められました。
『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』(角川文庫・おすすめです)

ラベル:沖縄 ひめゆり
posted by みつのぶ at 22:55| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月12日

映画「君が代不起立」上映会+シンポジウムのご案内

68.jpg (「停職・出勤」中の根津公子先生→「根津公子さんのページ」クリック)

◆◆◆映画「君が代不起立」上映会+シンポジウムのご案内◆◆◆
 

★★
四ツ谷聖イグナチオ教会上映会

日時:6月13日(水)18:45−20:30
場所:カトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)信徒会館203B室
(JR・東京メトロ四ツ谷駅下車すぐ、上智大学手前)
参加費:無料 

●東京都では「君が代」斉唱時に立たなかっただけで重い処分が課せられます。不起立の教職員たちの不当な「強制」に静かに立ち向かう勇気ある不屈の姿勢を撮ったものです。
6月27日(水)には、重い処分を受けている根津先生に来ていただきお話を伺います。

★★ 上智大学社会正義研究所・連続企画『自由は危ないのか』 

 第一回:ドキュメンタリー映画『君が代不起立』上映会

With English Subtitles

日時:2007627(水曜日)17001930
場所:上智大学(四谷キャンパス・中央図書館9L921号室)
参加無料・事前登録不要
上映時間87分&河原井純子さん(東京都教員・停職処分中)たちとの質疑応答

2003
年に東京都教育委員会が卒業式や入学式での日の丸掲揚・君が代斉唱の「厳格実施」を通達して以来、のべ340人を超える教員が職務命令違反を理由に懲戒処分を受けている。20069月には東京地裁が「強制は違憲」とする判決を下したにもかかわらず、東京都教委は20073月に新たに35人に処分を行った。都教委の処分は累積性を持つことから、現況では20083月についに免職処分(解雇)となる教師が現れることが危惧される事態となっている。

2006
12月にビデオプレス社が公開した『君が代不起立』は懲戒処分に直面している不起立の教職員たちの考え、教育への想いと行動、そして彼らの教え子たちの姿を追ったドキュメンタリー映画であり、これまで各地市民団体、ICU、外国人記者クラブなどにおいて上映会を積み重ねている。

 第2回:シンポジウム

日時:20071011(木曜日)17001930
場所:中央図書館9L921号室
参加無料・事前登録不要・使用言語日本語

「憲法と自由」 高見勝利・上智大学法科大学院教授
「信教の自由と政教分離」 谷大二・さいたま教区司教
「反自由の政治」 中野晃一・上智大学国際教養学部准教授

思想良心の自由、表現の自由に限らず、信教の自由なども含めて今日自由をめぐる問題は実に多岐にわたっている。戦後憲法の中で曲がりなりにも保障されてきた個人の自由がかつてないほどに脅威にさらされていると危惧する声が上がる一方で、逆に「戦後民主主義」の行き過ぎた自由が国家の存続基盤そのものを危うくしているという論調も強くなってきている。

ドキュメンタリー映画『君が代不起立』上映会での問題提起を受けて、自由の現在と将来についての学術的論考と討論を更に進めることが本企画の趣旨である。
 折しも、憲法改定を掲げる与党による国民投票法が制定され、この法律が教員・公務員の「地位利用」を禁止した規定を含むことによって、同様に政権与党の意に沿わない見解を表明した教員は懲戒処分の対象となる可能性も出てきている。私立大学で教育に携わる私たちにとっても他人事ではありえないこの問題を通じて、思想良心の自由について、本学教職員・学生らと議論し考えることが本企画の趣旨である。
posted by みつのぶ at 21:21| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月11日

G8その後。ちじこまって武器を振り回すのでなく、おおらかに世界に心を開きたい!

0,1886,5315821,00.jpg0,1886,5315820,00.jpg0,1886,5315832,00.jpg0,1886,5315825,00.jpg0,1886,5315823,00.jpg (ケルンのプロテスタント信徒大会より)
★ 
G8サミットが終わるとすぐ、メルケル首相は、ケルンで開催中のプロテスタント信徒大会を訪問したそうです。もちろん政治家ですから、たくさんの人が集まり注目されるところに現れようという意向もあるでしょうが、牧師の娘であり元環境相でもある彼女の場合、それよりも同じキリスト教徒として、仲間に向かって「環境やグローバル化について、これだけのことを大国の指導者たちに言ってやったわよ!まだまだやらねばならぬことはたくさんあるけれど、ともかく国連などと協働していくための『始めの一歩』は踏み出したわよ!」と報告するニュアンスが強いと思います。日本で、安倍首相が洞爺サミットの後、神道の氏子大会に行って話したことがこんなふうにテレビで放映されたら問題でしょうが、ドイツにおいては、キリスト教はやはり汚濁を含みやすい政治に対して、倫理の支柱となるものという信頼を受けているから、公共放送でもこれほどおおっぴらにくわしく報道されるのでしょう。ノーベル平和賞のムハマド・ユヌス氏もゲスト・スピーカーとして首相とトーク。G8諸国の路線にはもちろん反対で、「いいかげんこの21世紀は、金儲け中心の間違った道から転換しなくてはならない。武器や戦争にではなく、平和の実現、貧困克服、環境のために投資せねばならない」と語っています。ケェーラー大統領も、キリスト教会の要望を受けて、「アフリカの援助問題については、まず同じ人間として平等の権利をもつパートナーとして向かい合わねばならぬ」と語っていました。いずれにせよ、キリスト教徒の政治指導者をもち、真理と義にかなった言葉が、これほど隠されることなく話される現代ドイツの健全さは、我彼ひきくらべてうらやましいかぎりです。↓
プロテスタント大会にて、ドイツ首相+大統領vsノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス
(ページの中ほど、メルケル首相の写真がある欄のvideo:"Merkel und Koeller in globaler Mission"をクリック)
ちなみに、「生き生きと力強く鋭く」というスローガンは、新約聖書『ヘブライ人への手紙』4・12「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほど刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです」からとられたものです。
★ G8サミットを終えたブッシュ大統領は、バティカンを訪問しました。イタリア全国から抗議デモのために1万人も人々がローマにやってきたそうです。教皇とブッシュ氏との会談は、人権、世界の平和、宗教の自由を守ることは、カトリック教会とアメリカの共通の課題であるというところから始まったようです。前教皇ヨハネ・パウロ2世は、アメリカのイラク攻撃を厳しく批判しましたが、現教皇もイラク問題については率直に語られたようで、当地における平和、正義、人間性の尊重についても討議されたもようです。キューバのカストロ首相は、この会談について、教皇はブッシュに利用されるだけだし、「限度を踏み越えている」と批判したそうですが…。
ZDF・heute(ページの右上をクリック。6/9分のビデオ)
 世界では、人権や自由が重大問題として語り合われているというのに、こちら石原都政の東京都教育委員会は、「君が代起立の強制は憲法違反である」とした9・21東京地裁判決を無視して処分を続けるという情けない状況です。↓湯本雅典さんの映像です。たしかにわたしたちがした署名というものが、いったいどういうふうに聞き入れられ、具体的に反映されていくのか、おおいに疑問があります。そして、映像の中で弁護士さんが指摘しておられるように、人権に関するこの問題は、今の教育にとってやはり中心的な問題だと思います。
都教委は控訴するな!署名提出・要請行動(湯本雅典・ビデオプレス・YouTube配信)
根津公子停職出勤日記07・6月
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2007年06月10日

G8サミットとドイツの報道の姿勢

0,6752,5976230-render-U3-,00.jpg0,6752,5973404-render-A6-,00.jpg (ドイツZDFより)
 G8サミットについて、二酸化炭素の削減のことや北朝鮮問題ばかり報じている日本のマスコミと、ドイツ本国やバティカンの報道は、かなりアクセントが異なっているなと感じます。議長国ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、「わたしたちは重要な討議を実り多く重ねましたが、そのメッセージは、『責任を自覚し、その義務を果たす』ということです」と総括しました。メルケルさんは、東ドイツで働いていた牧師の娘であり、物理学から政治に転じた方であるだけに、論理と良心において信頼の置ける方だと思います。教皇ベネディクト16世との約束もこの点で誠実に実現を求めてくれたと思います。
 バティカン放送はこれに対して、G8サミットは「一つの積極的なしるしを据えた」と語っています。特にそれは、「アフリカの成長への責任のために、G8諸国政府がパートナーとして、エイズ、マラリア、結核などの医療のために440億ユーロを拠出することを決めたという点が評価できる」とされていました。バティカンのスポークスマン、フェデリコ・ロンバルディ神父は、G8サミットを次のように総括しました。「G8サミットは、一つの積極的なしるしを据えた。それは、環境の悪化を防ぐということだけでなく、アメリカとロシアの関係、開発途上国の飢餓にも手が差し伸べられるという点においてである。最後の点について、カトリック教会は、『正義と連帯と世界全体にかかわる共同の善に則りながら、人間的な発展が成果をみるように、持続的で環境にも配慮した経済が展開されるように』と呼びかけたい。教皇ベネディクト16世は、昨年暮れ以来、メルケルドイツ首相との書簡交換において、G8サミットにおいては、貧困・病気・世界市場における正義を、またアフリカの緊急な必要を想起するようにと訴えてきた。サミットをひかえたこの数日間は、さらに、すべての人々の教育のための援助がなされるようにとアッピールなされた。『発展』とは、決して物質的な富裕さに尽きるものではない。それは、人が文化的・倫理的・社会的に育成されることを通して得られる人間としての成熟、すなわち、自分たちの将来を互いに手に手をとりあって形成していく責任を引き受けるための能力に基づくものであろう。そうであることによってのみ、発展は人間の尊厳にふさわしいものとなるし、また新たな文化殖民地主義や経済・政治的な帝国主義と無縁でありうる。カトリック教会は、その面で経験があり、諸国の政府や機関がこの点になす働きに対しては共同の協力を惜しまない」…とのこと。
 ドイツの第二公共放送《ZDF》は、アフリカへの援助決定についてや、強者のグローバル化に反対する人々のようすや無事に警備を終えた警察のようすなどを伝えています。ドイツの警察というのは、制服も草色だし、なにかとスポークスマンがコメントするし、日本のかたくるしい四角四面の警察のようなものとは違うものであろうとしていることは明らかですね。この点も、戦前の歴史=ナチ・ファシズムをいかに精算してきたかの違いでしょうか…。Videoの部分およびMediathekをクリックするといろいろ映像がでてきます。右側のMediathek、上から二つ目"Gegen G8:Gewalt und Gespraeche"が興味深かったです。↓
ZDFG8サミット特集》
 同じ放送局は、日本の従軍慰安婦問題も安倍首相との関連を含めて、正しく報じています。↓
ZDF『外国ジャーナル』(5/31放映)『慰安』婦たちの『悲嘆』−従軍慰安婦をめぐる争い(頁の右にある:Video Trauer der Trostfrauen(「慰安」婦たちの「悲嘆」)をクリックすればビデオが見ることができます)→テキストの邦訳は以下に↓
『慰安』婦たちの『悲嘆』−従軍慰安婦をめぐる争い
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2007年06月07日

G8サミットへのキリスト教のアッピール

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(ケルンで開催されたドイツ・プロテスタント信徒総会−Kirchentag)
教皇ベネディクト16世は、水曜日の一般謁見で、サン・ピエトロ広場に集まった3万人の人々の前で、G8サミットに対して、「富める国々が困窮している国々、とりわけアフリカを助けるように」とアッピールしました。教皇は、昨年12月に、ドイツのアンゲラ・メルケル首相に宛てた書簡で、「ドイツが、アフリカなどの国々における貧困について真剣にとりくむと約束されたことをカトリック教会の名において感謝する」と述べられたそうですが、それに対する22日付けのメルケル首相からの返信には、「G8諸国はその問題を実行するよう努力する」と書かれてあったそうです。教皇は、またG8サミット首脳に向けて、「カトリックも協力を惜しまない教育こそが、これからの世界の持続的な発展の基礎である」とし、「世界のどこでもすべての人が、少なくとも小学校程度の学校教育を受けられるようにすること。そのために醵金を惜しまないでいただきたい」とうったえられたそうです。また、サン・ピエトロ広場では、カトリックの国際的な社会福祉団体である『カリタス』が、25人の司教と50人の修道者とともに、G8サミットに対して"Make aid work - the world can't wait” (「援助の仕事を始めよ、世界は待てない」)とデモンストレーションしたそうです。「貧困というスキャンダルは、もう終わらなければならない。これについて、G8サミットが具体的なプランを示さないなら、カトリック教会は、このサン・ピエトロから同じことを呼びかけ続ける」と。
ARD (Tagesschau 6/6)
 
また、G8サミットと時を同じくして、ドイツのプロテスタント教会の信徒総会もケルンで開かれていますが、そこでも貧困に対するアッピールがなされています。テーマは、「生き生きと力強くもっとシャープに(鋭く)」ですが、これには、G8サミットとの関連から「公正な世界経済・アフリカ・環境保全・中東の紛争」が焼きつけられるとしています。
★ 日本では、6月15日(金)に、都内で大規模な改憲反対のためのデモと集会が開かれるそうです。靖国問題・政教分離問題についての声明と併せて…↓ 
9条改憲を許さない 6・15共同行動/政府(旧厚生省)の政教分離違反と安倍政権による隠蔽、政教分離原則破壊の改憲策動への抗議声明

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2007年06月05日

真の「美しい国」への道すじはここに。

? 063.jpg (長崎・浦上天主堂:「被爆のマリア」
以前にも紹介しました、
野村昇平著、『国の理想と憲法「国際環境平和国家」への道』を読みました。とても感動し、希望がわいて元気が出ました。「美しい国」とは、まさに安倍政権とは全く反対の方向のこの本のヴィジョンだと本当に思います。そしてこの本には、わたしたちが安倍政権をはじめとするこれまでの日本の政治に反対する理由とこれを克服する対案が、優しい言葉で具体的にみごとに描き出されていると思いました。そのヴィジョンとは、つづめて言えば、わたしたちの国が平和憲法の前文と第9条の真意を生かして「武力によらない平和立国」を目指し、国の総力をあげて平和的な手段で世界の貧困や飢餓などの問題の解決のために貢献し、世界にとってなくてはならない大切な国となることだということです。地球規模の環境問題、食糧問題、エネルギー問題、原発問題、紛争・戦争・テロ、教育や若者たちの状況など、世界と日本の行く末に覆いかぶさる黒雲は、結局、世界の強い国々が欲と我執に基づく「力の論理」に頼ってきたことによるのであり、そこで問題はみな密接につながり合い、もつれあっていることが手にとるように分かりました。驚いたのは、ある研究によれば、各国民が感じている幸福度(健康・豊かさ・教育による)は、178カ国中、第1位はデンマーク、第2位スイス、第3位オーストラリア、アメリカは第23位、中国第82位、日本は第90位だとのことです。そうですね…、これが実感ですね。やっぱり金だけでは幸せにはなれない、金で買える楽しみとほんとうの喜びは違うんですよね。戦後、こんなにがんばって努力してきたのに…、いったい何のためだったのか…。やはり、日本国民は、戦後も戦前と同様にずっとマインド・コントロールされてきたんじゃないでしょうか、この道を行けば、シアワセなんだと。それを信じて、狭いところで絶えず厳しい競争を強いられガマンしてきましたが、結局、得たものは何だったのか? 喜びというのは、他者に勝つことではなく、他者と助け合って心が一つになるところにこそあるのですよね。…それでも、わたしたちにはまだ、戦後の原点である平和憲法がある。この憲法は、スイスやオーストリア、コスタリカなどの永世中立国の憲法よりももっとラディカルな、まさに人類が生き残るためにはこれしかないという将来を先取りしている「革命」的な国づくりの方向性です。わたしたちは、これをこれまで本気で生かしてこなかった。けれども今、もう一度、この原点を、今度こそ「捨て身で」生かそうとするならば、そこには本当の喜びがにじんできて、人々が悩み惑っている自殺やニートや引きこもり問題もみんな吹き飛ばすことができるんじゃないか!むずかしいけれども、やはりこの方向ですね。なにか、できることを探さなくては。まずは、「平和省」の設立でしょうか。下のサイトに、この本の「理想」が示されています。↓
「国の理想」ネットワーク
 イラク戦争で命を落とした米兵は3000人を超えたそうです。最前線で戦う最下層の兵士の年収はわずか1万5000ドル(180万円)だそうです。そんな低賃金で命をかけてまで、なぜ彼らは戦場に行くのかと言えば、彼らの米国での年収がもっと低いから。
戦場に行くのは負け組たち、他(日経BP)
反戦イラク帰還兵に米海兵隊が脅し(しんぶん赤旗 6/4)

ラベル:平和 憲法
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2007年06月04日

サミットにだって「もの申す」べきこと

f8.jpg (山口・ザビエル記念聖堂内部)
ドイツで水曜から始まる先進8ヶ国サミットには、地元のドイツではグローバル化に反対して「もう一つ別の世界を!」と訴える人々のアクションが活発化しているようです。カトリックからも先進8ヶ国諸国の司教たちが共同で要望書を提出したそうです。ドイツの司教協議会会長のカール・レーマン《カール・ラーナーの弟子、ラッツィンガー(現教皇)などと共にドイツの神学をリードした神学者》は、暴力的なデモをけん制しながらも、「サミットはもはや巨大な政治ショーに留まるのでなく、世界の実状に実効ある施策をもたらさなければならない。ただ心のこもった、はっきりと決断した処方をもつこと、それだけが子どもたちの将来を守る。…とくに、貧困とのたたかい、環境問題、どこの国に住む人々にも十分な医療が提供されること、女子教育、エイズの克服が重要である」と語ったそうです。
ドイツ・ロストックでの反サミット・デモの様子(ARD:Tagesshau
★ 
それにしても、ドイツの反サミット・デモには一万人が集まったそうですが、日本だったらどうかな〜、と思います。100人くらいではないですかね? 最近、現教皇と社会哲学者のユルゲン・ハーバーマスの対談の基調講演とその解説:『ポスト世俗化時代の哲学と宗教』(岩波書店)を読んだのですが、ハーバーマスのような哲学者が出てくる土壌、つまり宗教や王権・民族主義など特別の権威を前提することなく、あくまでも言論により人間の理性に基づいて民主主義を確立していくという議論がなりたつ社会の基盤、国民がなしうる論理的な思考というものが、残念ながらわが国には全く欠けているなと思わざるをえません。元レバノン大使の天木さんが、9条ネットから立候補するそうですが、そのお話にしても「なにも考えなくて良いから選挙で一票入れて」というのはこういう国民の実状を心得ているからなんでしょうか。そんなふうに考えている元高級官僚の地金がつい出てしまったのか…?
天木直人、数寄屋橋での街頭演説(YouTube

★ サミット諸国のカトリック司教と言えば、わが国もそれに含まれるのですが、日本の司教団のサイトには何も知らされていません。けれども6月1日に、ペトロ岐部ら188人殉教者の列福については、教皇がとうとう認可の署名をしたとのことです。「国是」と真正面からぶつかって、いのちを賭けた人々の祈りが、今のキリスト教と日本の人々にも伝わりますように。
ペトロ岐部ら188人殉教者列福正式決定
 安倍首相を訴える裁判は、裁判官の腰砕けにより、やっぱり苦戦のようです。それでも、訴え続けるべきです!子どもたちが幸せに生きることのできる国をつくるために。
強制退去〜「杉並の不当な教科書採択取り消し裁判」第3回口頭弁論(JANJAN 6/3)

ラベル:憲法 改憲
posted by みつのぶ at 01:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月01日

良心は、「共に+見知る」真摯さから

b8.jpg
「反省」・「悔い改め」が「良心」を健全に働かすために必須であるということについてですが、それは「良心」というもののなりたちからそう言いうることのようです。日本語では、「良心」と「良」の字が初めから入ってしまっていますが、西洋の言葉、その思想では、英語の”conscience”などラテン語系にしても、ドイツ語の”Gewissen”やギリシア語の”syneidesis”にしても、「共に」+「見知る」というのを原意とするようです。間主観的に多くの者が共同で一つの対象を見とめて、そこからその事実を「自覚する」ということなのでしょう。だから、その自覚は、初めから「良い」か「悪い」かが決まっているわけではなく、西洋語では”to have a good (あるいはbad) conscience”とも言われるそうです。つまり良心とは、人間が、その場その時に、実践的になすべき行動について判断し、事前には勧告や警告を、事後には訴えや安心を与えて理性を導きますが、これはあくまで個人的・主観的なことなので、当人の得ている情報や知識、価値観などにより、「間違いうる」ものです。それが、”to have a bad conscience”の状態。西洋中世の格言は、「良心に背いて行動すれば、それは必ず罪である。しかし良心に従って行動しても、必ずしも罪を犯さないとは言えない」と言います。もしやむを得ない誤りがあったなら、その行動は客観的には間違っているけれども、倫理的に罪にならないこともある。しかし避けうる誤りを避けなかったなら、それへの責任から罪となる。いずれにせよ、人間は真理を全面的に知っているわけではないから、やむを得ず誤ることはある。けれどもしかし、常に真理に即して行動することは求められている、ということですね。
 さて産経新聞によれば、「新しい歴史教科書をつくる会」は、扶桑社から関係解消を通告されたため、別の発行元を探すこと、また、扶桑社の教科書のためには「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」(教科書改善の会)が発足するそうです。この人たちの主張がどんなことなのか、一度サイトをしっかり見ておきましょう。この人たちは、日本という国がかつて何をやってきたのかを真剣な共同の歴史研究によって知り、それによってこれからのアジアや世界との良好な関係を模索しようという「良心」に従った行動を故意に拒否し、客観的な事実と自己の真の姿から目を背けることに安住しつつ、さらにその欺瞞をこれからの日本人たる子どもたちに刷り込もうという邪な野望において、度しがたく”to have a bad conscience”な人々だと思います。↓
「新しい歴史教科書をつくる会」ホームページ
 ちなみにこの人々とは対極にあるのが、かつての戦犯の身の上から心をあらためて、”a good conscience”(良い「良心」)をとり戻された「中帰連」の人々でしょう。↓
季刊・中帰連WEB
 現代の視点から、”a good conscience”をもちうるように、人々と共同でものごとを見知っていこうと真摯に努力されている方々の催し案内です。↓

原発(六ヶ所村)・死刑・修復的司法・沖縄集団自決・慰安婦・靖国・死刑・君が代不起立問題に関する催し
 安倍政権は、あいかわらず強行採決をくり返していますが、そもそも知る努力などはしないようですので、もともと「良心」などとは無関係なようです。↓
強行採決が続いている国会から(保坂展人のどこどこ日記 5/31)

posted by みつのぶ at 23:38| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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