利害渦巻く自民党の中で総理大臣をやっていくのもたいへんです。政権がどこまでもつのか危惧の声がささやかれたり、安倍氏がナベツネ氏からサポート―あるいは誘導―発言を受けたりしている(次の「朝鮮日報」記事参照)背景を解き明かすような記事です。以下、引用…
2006年12月29日
安倍首相の変節とジレンマ
安倍氏も首相とは言え、ある意味、だれかのしもべであるようですね。
中国・韓国(イギリス)の日本ナショナリズム評価
中国の防衛白書は、日本の最近の動向見たままをそのまま判断しているようですね。
韓国の新聞が、ナベツネ氏の発言をとり上げて安倍首相について言及していますが、これはどういう意味なんでしょう? 「ほめごろし」でしょうか?
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韓国の新聞が、ナベツネ氏の発言をとり上げて安倍首相について言及していますが、これはどういう意味なんでしょう? 「ほめごろし」でしょうか?
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今こそ冷静に議論しよう 首相と靖国神社(西日本新聞12/29)
靖国神社の由来をたずねてみれば、古来の諸神道の流れを相当乱暴に、国家神道にまとめあげたもののようです。(村上重良『慰霊と招魂』〈岩波新書C156〉、同『国家神道』〈岩波新書C155〉、『靖国神社』〈岩波ブックレット57〉など参照)。
『古事記』のイザナギ・イザナミ神話にしても、バビロニアの『エヌマエリシュ』にしても、創世神話というものは、民族の現有支配勢力が、だれにもはっきりつかめない「初め」のありさまを神的なものに託して権威的に語ることを通して、自らの統治の正当化・合理化をもくろむものだと言われます。
「はい」も「いいえ」も言わずに対話を拒否する「あいまい化」路線というのは、なにかこれと同じ論理と戦略のうちにあるように思いますが。以下、記事の引用です…
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『古事記』のイザナギ・イザナミ神話にしても、バビロニアの『エヌマエリシュ』にしても、創世神話というものは、民族の現有支配勢力が、だれにもはっきりつかめない「初め」のありさまを神的なものに託して権威的に語ることを通して、自らの統治の正当化・合理化をもくろむものだと言われます。
「はい」も「いいえ」も言わずに対話を拒否する「あいまい化」路線というのは、なにかこれと同じ論理と戦略のうちにあるように思いますが。以下、記事の引用です…
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